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20話・すべては長い、夢のお話です。

 

 エリックはまばゆい日の光にまぶたのを撫でられて目をこじ開けた。

 ここはどこだろうかと思い、あたりを見渡す。

 サラと過ごしたあの、暖かで小さな家の寝台ではなかったことに気が沈み、それから身を起こそうとして、違和感を感じた。

 全身がひどく重たい。

 鉛でも抱えているかのように、うまく身体が動かせない。

 ここはどこだろうと考え、内装から自宅の寝室であることに思い至った。

 困惑してドアの向こうへと呼びかけると、すぐに両親と従僕にメイドたち、それになぜかアマリーの父親であるコースト子爵までがぞろぞろと室内へと飛び込んできた。

 弟たちやアマリーはいないにしても、何事だろうかとエリックは訝った。


「ようやく、目を覚ましたか……!」


 父が、喜びと安堵を噛みしめるように、寝台のそばの椅子へと腰を預けた。

 涙を浮かべた母にはきつく抱きしめられ、妙な既視感を覚えた。

 ついこの間、こうして抱きしめられたばかりだった気がする。

 エリックは何があったか考えようとしたが、頭には鈍い痛みが断続的に続いて、思考がまとまらななかった。

 顔をしかめて無理に起き上がろうとすると、父がそれを制した。


「今は安静にしていなさい。……何ヵ月も、眠っていたのだから」


「は?」


 何を言っているのだろうか。


「意味が、わからないのですが?」


「理解するまでには時間を要するだろう。だから今は、深く考えなくてもいい」


「そういうわけにはいきません。サラの……、サラの元へ、帰らないと……!」


 ふとサラのことだけを思い出した。

 サラが待っている、と。

 なぜ寝台に伏せっていたのかはわからないが、早く帰らないと。これ以上彼女に、寂しい思いをさせられない。

 どうにか身体を起こして寝台から出ようとしたエリックだったが、くらりとめまいがして、また枕へと倒れ込んだ。

 きゃあ、という蒼白な母の悲鳴が、頭にがんがんと響き、追い打ちをかけた。

 エリックは額を枕の冷たい部分へとあてて痛みを逃しながら苦悶に呻く。


「エリック!大丈夫か……?」


「……だ、大丈夫、です」


「だから今は安静に、と言っただろう。ずっと眠っていたんだ。すぐに起きようとするのが無理な話だ」


 エリックはどうにか視線だけは父へと向けて尋ねた。


「だからずっと眠っていたって、何の話ですか。村から帰って、すべて話して明日……そうだ!明日サラの元に帰る予定で、それから――」


 ――それから?


 それからどうなったのだろうか。

 ……わからない。

 沈痛そうな面持ちの両親に代わり、コースト子爵が彼らへと神妙に頷いて前に出た。

 彼はエリックと十しか年が違わないせいか、まだ十分に若々しく、よけいに両親が衰えて見えた。


「エリック。落ち着いて聞いてくれ。君は遭難して、それからずっと、意識不明だった。そしてこの数ヵ月間、こんこんと眠り続けていたんだ」


「はぁ?」


 あまりに馬鹿げた話に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。


「そんなはずありません。私はルイミ村で確かに遭難しましたが、サラに助けられて、ようやく帰って来れた。アマリーには申し訳ありませんが、サラと結婚したいと、確かに伝えましたよね?」


 だが彼は、静かに首を横に振った。


「君はルイミ村に入る前に力尽きて倒れていた。だからその……サラ?とかいう少女もきっと、君の夢の中で作り出された架空の人物だ。……大方、アマリーとでも重ねていたのだろう」


「そんなはずはない!」


「何か、アマリーと似ているところがあったのではないかな、その……サラという少女は」


 エリックはサラとアマリーの瞳の色が脳裏に浮かんだが、違う、と何度も否定した。

 瞳の色が同じなんて、よくあることだ。現にコースト子爵の瞳も同じ、冬の空の色をしている。

 みんなして、謀ろうとしているのだ。

 エリックが家を捨ててルイミ村へ移り住むと伝えたから。


「すぐに受け入れろというのは無理かもしれない。だけどね、実際に君はずっと眠っていた。身体が重たいのはそのせいだよ」


 受け入れがたいが彼の指摘した通り、身体はいうことを効かない。

 心臓がどくりと嫌な調子で脈打った。


「……今はいつ、ですか?」


 父がメイドに新聞を持って来させた。

 それを奪うように受け取ると、震える手で日付を確認した。

 今日は、サラの誕生日の――九日前だった。

 あり得ない。村まで最低でも十日はかかるというのに。


(なぜ……?)


「サラっ、サラは……!」


「エリック!今はしっかりと休みなさい」


 父に肩を掴まれて、狼狽していたエリックはその痛みに曇っていた思考が晴れかけて、はっと気づく。

 彼らを納得させる証拠があるではないかと。


「そうだ、外套!外套のポケットに――!」


 丁寧にかけてあった外套を取ってもらい、ポケットの中を探った。

 ここに『雪の雫』が二つしまってあったはずだ。あれさえあれば。あれさえ――。

 底をまさぐり、指先に冷たい欠片が二つ、触れた。

 掴み取って、彼らに向けて突き出す。

 透明な宝石が二つ乗っているはずの手のひらで沈黙しているのは、エリックがアマリーのために見つけた雪の雫。それと――銀紙に包まれた塊。

 それが何か、すぐにわかった。……チョコレートだ。その、最後の一欠片。


「……は」


 自分のものとは思えない、気の抜けた声がもれた。

 サラがくれた雪の雫は、どこへ行ったのだろうか。

 結晶の中にハート型がある、あの宝石はどこに消えたのか。

 そしてなぜ、チョコレートの欠片が残されているのだろう。

 エリックは、わけがわからなくなった。


「君は夢を見ていたんだよ。……長い、夢を」


 コースト子爵が慈悲深い声音で囁いた。まるで自分自身を宥めているかのような、優しい声。

 その言葉がエリックの脳を震わす。

 全部、夢――。

 サラの温もりも想いもみんな、幻――。


(違う。そんなはずはない……)


 エリックは怒りに任せて握りしめていた雪の雫とチョコレートを壁へと叩きつけた。

 それはカツン、と悲しげな音をあげて、床へと転がり、チョコレートは包みと中身がわかれて、落ちた――。



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