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19話・お別れをしましょ。


 数日前、完全に雪がやんだ。


 本格的な雪どけの時期が訪れた。

 それはつまり、サラとの別れの時を意味する。

 エリックにとっては再会のための一時的な別れだ。

 それでもわずかとはいえ、サラを一人残していかなくてはならないことへの心苦しさが募った。

 不安だろうに、寂しいだろうに、彼女は健気にエリックの着た外套のボタンを一つずつとめていく。

 最後の一つをゆっくりととめ終えたサラの白い手を、エリックはきゅっと握りしめた。


「絶対に戻るから、ドーランだけでなく、他の誰とも結婚をしてはいけないよ。純真なサラが、村長に騙されて言いくるめられないか、心配だ」


「わかっています、エリック様。それでも、誕生日までしか待ちませんからね?」


「ああ、待たせない。何度か眠ったら、すぐだ。その後は、サラが飽きて嫌になっても、逃げようとしても、そうはさせない。永遠に私の腕の中に、こもっていてもらう」


 次の雪ごもりも、暖炉のそばで二人でまったりと安楽椅子に揺られて微睡めたのならば。

 そしてその時に、サラのお腹が大きくなっていれば、なおいい。

 また次の年は二人ではなく、三人で……。

 エリックが幸せな想像に浸っていると、サラがへにゃりと微笑んだ。


「旦那様ごもり。……素敵ですね」


 可愛かったので衝動的に口づけようとしたのだが、俊敏にかわされてしまった。

 エリックの行動はすでに、ことごとく先読みされてしまっている。


「……。サラ、いってらっしゃいのキスは?」


「おかえりなさいのキスしかありません」


(……つれない)


 なぜここまでキス嫌いになってしまったのだろうか。

 首を捻りながらも、エリックはひとまず今は諦めることにした。

 別れ際、隙を見てすればいい。


「じゃあ、おかえりなさいのキスを楽しみに、今は堪えよう」


「そうしてください」


 どこまでキスが嫌なのか、サラは目も合わせてはくれなかった。

 エリックが消沈していると、繋いだ手がやんわりと握り返され、サラがことりと額を押しつけてきた。

 そこでサラの異変にようやく気がついた。

 その小さな肩が、小刻みに震えている。

 泣いてしまいそうなのを、必死に我慢しているようで、エリックの胸は張り裂けそうなほど痛んだ。


「絶対また会える。……まだ信じきれてないのか?」


「……わかりません。ただ無事に、帰ってきて欲しいです」


 思わずきつく抱きしめた。

 離れたくない。置いていきたくない。ずっとこのまま、抱きしめていたい。――永遠に。


「……やっぱり、明日にしようか?」


 つい決心が揺らいだ。

 するとサラが顔を上げて叱った。


「昨日もそう言ってやめたでしょ?」


「うっ」


 昨日もサラと離れがたくて、一日延長した。……その前の日もだ。

 いい加減出発しないと、サラの誕生日までに帰って来れなくなる。

 エリックはどうにかあふれそうな想いをせきとめ、心に区切りをつけると、そっと身体を離した。

 けじめをつけるために、今は行かなくてはならない。

 サラとの未来のために、必要な別れだ。何も恐れることはない。サラはエリックを愛していて、ここで待っていてくれるのだから。

 エリックはサラを伴い家の外へと一歩、踏み出した。

 彷徨い疲れたあの日のような、肌を刺す寒さはもうどこにもない。

 鈍い日の光があたりをキラキラと照らして、生きていることへの祝福をしてくれているようだった。

 サラを向くと、彼女は気丈に微笑んだ。


「身体に気をつけてくださいね」


「ああ。サラも」


 サラの肩に手を置いて、腰をかがめて顔を寄せた。

 一瞬だけ唇が触れ合って、離れる。

 サラは目を伏せていた。

 そのまぶたにも、口づける。

 彼女が一人、涙を流しませんようにと、願いを込めて。


「――いってくる」


「いってらっしゃいませ。……旦那様」


 この別れ際の旦那様呼びに、感極まったエリックだったが、ぐっと堪えて背を向けた。

 サラはエリックを信じることに決めたのだ。

 ならばそれに応えるために、エリックにはこれからしなくてはならないことがある。

 もう、時間を無駄にはできなかった。

 歩き出した雪道はぬかるんでいて、エリックは何度も足を取られた。

 雪の固まったでこぼこ道で、ひどいところでは足が膝まで埋もれてしまった。

 しゃくしゃく音を鳴らし、踏みつけ進む。


(早く行かないと)


 それでも一度、振り返った。

 エリックを見送ったサラが、今どうしているのかが気になった。

 もうそこにいなければいい。凍てつくほどじゃないにしても、寒いから家の中で暖まってくれればと。

 だが本心では、いつまでも見送られていたかった。

 果たして彼女は、玄関前のさっきと同じ位置に立ち、遠ざかるエリックをひたと見つめていた。

 嬉しくなって手を振って見せると、サラははっとした様子で振り返してきた。

 背伸びをして、エリックにいつまでも見えるように、大きく、大きく。

 エリックは腕を下ろすと、名残惜しみながらサラをそっと視界から外して前を向いた。


 すぐに帰って来る。

 すべてを捨てて、サラの元へと――。



 そうして雪の呪縛から解き放たれたエリックは、愛する人との再会を胸に、ルイミ村を後にしたのだった……。



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