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18話・最後の思い出作りです。


 想いを伝えたら返しに来るといったくせに、エリックはその場で返してきた。

 むしろそれ以上のことをしてきたので、サラはあれから、キスおあずけ宣言をしている。

 頬にする小さいものも、全部だ。徹底しておかないと、すぐにつけあがる。

 サラは窓を見上げると、雪がはらはらと落ちてきた。

 もうそろそろ、雪がやむ。完全に。

 今も日の半分は雪がやんでいる状態だった。

 家の周囲を囲う壁のような雪の層も、次第に低くなっていくだろう。

 エリックが去っていく道も、開かれていくだろう。


「何を見てる?」


 窓辺で憂い顔をして頬杖をついていたサラに、エリックが特大ショールごとかぶさってきた。


「もうすぐ……雪がやみますね」


 エリックも空を窺い、嬉しそうに頬を摺り寄せてきた。


「こうして私が生きているのは、サラのおかげだ。本当に、心から感謝しているよ」


「……今年の雪ごもりは、あっという間でした。最後にもう一度、デートがしたいですねー」


「最後なものか。今年の雪ごもり最後としてのデートなら、いくらでも付き合うよ」


「いくらでもは、最後とは言いませんよー」


 エリックが「そうか」と笑い、サラもつられてくすくすと笑った。

 最後でもそうでなくても、彼と過ごす時間を大切にしようと決めた。

 どう身を引いたって距離を詰めてくるエリックに、心は初めから惹かれっぱなしなのだから仕方がない。

 善は急げとばかりに、早速二人で出かけることになった。

 防寒着を着込んで、手袋をはめた手を繋いで地下通路を仲良く並んで行く。

 行き先はもちろん湖水だ。


「もう凍っていないか?」


「凍っていませんよ?」


「……なぜ知ってる?誰かと行ったのか?」


 エリックから疑いの眼差しが向けられた。

 ドーランと行ったのではないかと怪しんでいるらしい。

 口にしなくても、その顔が物語っていた。


「村長が言っていました」


 それはそれで嫌だったのか、村長嫌いなエリックがサラの死角でむすっとしている。

 大人気ないからか、いつもふてくされた顔を隠そうとするのだが、それをサラに気づかれていることにはまったく気づいていないところが相変わらず可愛い。

 しかしこの村で暮らすことを決めたのに、村長と折り合いが悪いと後々苦労をするのではないだろうか。

 サラが毎回間に入って、取り成さないといけないかもしれない。


(帰って来たらの話だけれど……)


「……よし。サラを妻にして、村長の鼻を明かしたら、助けてくれなかったことへの蟠りは一旦隅に置くことにする」


「仲良くしてください」


「……それは嫌だ」


 サラが呆れるほど精神年齢が小さな子供だ。

 二度目だというのに、また湖水のきらめきに目を輝かせているし。

 さすがにもう、無防備に腕を突っ込んだりはしないので成長はしている。

 サラは一休みとばかりに、ひんやりとした地面へと腰を下ろした。

 エリックは隣ではなく、やはりサラを抱え込むように後ろへと座る。


「エリック様のお顔が見えませんよー」


「あのひどい命令を解除してくれたのなら、見せてもいい」


 ひどい命令。――キスおあずけ宣言のことだろうか。


「だったら見えなくてもいいです」


 背後のエリックから、残念そうなため息がもれた。

 白い吐息がサラの頰をそっとなぞって消えていく。


「……結婚したらサラの尻に敷かれる気がする」


 サラは何も返さなかった。

 先のことは、まだ何も、わからないから。


「怒ったか?だけどサラは怒っても可愛いよ。――私の愛しい、ぬいぐるみちゃん」


「ま、また!わたしがいつあんな、ぽふんっとか、もふんっとかしましたか!」


「似たようなものだろう?」


 エリックが愉快そうに笑う。

 意地悪くサラをからかって遊んでいるのだ。まったく、大人気ない。


「もう帰って来ても、キスはなしです」


 最後通告をすると、エリックの笑いがぴたりとやんだ。

 つんと澄ましたサラの顔を後ろから覗き込んで、小動物のように頭を摺り寄せてこびてくる。


「それは嫌だ。機嫌を直してくれたら、ぎゅっとしてあげるよ?」


 エリックがしたいだけなのに、いかにもご褒美のように言う。

 そもそもすでに、ぎゅうぎゅう苦しいくらいに抱きつかれている。

 どさくさに紛れて髪やうなじにキスまでして。


「言うことを聞かない子ですねー!」


 ぷりぷりするサラの耳に、エリックがあまやかすような声音で囁く。


「わがままは、サラにしか言わない。あまえるのも、サラにだけだ」


 結果、サラはエリックには弱く、ぬいぐるみ扱いの件については許してしまった。


「こうしていると、エリック様を旦那様と呼んでいた頃と、あまり変わりませんね」


「……いいや、変わったよ。あの頃とは、まったく違う。今はサラなしではいられない」


 エリックはそう言うが、サラの想いは変わらない。

 初めから、エリックが好きだった。

 それは雪のようにしんしんと降り積もって、埋もれてしまいそうなほどだ。

 だけど彼の心は違う。外の世界のように移り変わる。暖かかったり、寒かったり、花が咲いたり、枯葉が散ったり。

 エリックの想いはサラにはめまぐるしい。

 きっと、ひとところに留まりはしないのだろう。

 だからいなくなる。彼はもうすぐここから、消える。

 これがすべて、雪が見せた幻だったのなら、よかったのに……。


「サラ、愛してる。すぐに帰って来るから」


「期限までしか、待ちませんよ?」


「絶対に、帰って来る」


 湖水の水面に、ぴちょんと冷たい雫が落ちた。


「チョコレートも、忘れないでくださいね?」


「ああ、期待して待っているといい」


 こくんと頷くと、エリックの腕の戒めが強くなった。

 サラはそっと身体をもたれてまぶたを閉ざす。


 また雫が落ちた。

 今度は生暖かく、サラの頰へと。



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