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17話・想いを伝えます。


 サラがこの村から出られない――。


 その事実はエリックに衝撃を与えた。

 サラを得るためには、一生この雪に埋もれていかなければならない。雪に、骨を埋める覚悟で……。


「サラはたまに町に出るくらいなら平気だけど、ずっとは無理だ。混血でも、半分はルイミ族の血を受け継いでるから。日にあたりすぎたら、たぶん倒れる。――どうする?雪が嫌になったら」


 エリックは考える間もなく返した。


「サラを連れて行けないのなら、私もここに残るよ。……たとえどれほど、雪に嫌気がさしても」


「それは本心?俺への対抗意識が言わせただけの、薄っぺらな言葉じゃない?」


 エリックはドーランの挑発に乗ることはなく、皮肉っぽく笑ってみせた。


「サラを置いて、一人逃げ出したりはしない。それに……その頃には、サラとの間に子供もいるだろうし」


 サラが望む、自分に似た息子がいるかもしれない。もしくはサラに似た可愛い娘が。

 一人だけ逃げることはない。置いていけるはずがない。

 ドーランはエリックのその言葉を聞いた途端、顔を朱に染めた。

 羞恥や怒りが彼の内側に渦巻いているのが、手に取るようにわかる。

 だがエリックは優越に浸るどころか、一人深く考えさせられていた。

 サラを取り巻く環境と、自分自身のことを。

 薄っぺらな言葉、というのが、エリックの心に痛烈に響いた。

 エリックの言葉には、何一つ根拠がない。

 その言葉の重みも、相手に伝えることができない。

 結局エリックがどう思っているかではなく、サラがどう思い、受け取るかだ。


「……あんたは帰って来ない。外の人間はみんな、そうだ。――あんたは帰って来ない。……帰って来ないんだよ」


 ドーランは自分自身に言い聞かせるようにそう繰り返し、カタリと椅子の音を鳴らして立ち上がると、エリックに目を向けることなく去っていった。

 エリックがはたと気づいた時には、空虚な静けさの中、自分一人だけが取り残されていた。

 他人に自分の行動を決定づけられる筋合いはない。なのに、なぜ反論しなかったのだろうか。

 初めの頃ならば、帰って来るという選択肢すらなかった。

 だけど今は違う。

 候補にすらなかった、『帰らない』という選択をした。

 それはひとえに、サラを愛しているからだった。

 しかしサラを手に入れてからその先のことを、真剣に考えていたかと問われれば否だ。

 エリックはことなかれ主義ではない。どうにもならない事態に直面することもあるだろうし、後悔する日が来るかもしれない。

 そんな時、自分はどうするだろうか。

 この村から出られないサラを煩わしく思う日が、来ないと言い切れるだろうか。

 もし、サラへの愛が冷める日が来たら――?


「……っ、そんなことはない!私はサラを愛している!永遠に!」


「あ、ありがとうございます……?」


 盛大な告白のような独り言に返事をされて、驚きながら顔を上げると、いつの間にかサラがそこに立っていた。

 照れなのか、マフラーを鼻の上まであげて首を竦めている。

 どうやらエリックが思考に没頭している間に、帰宅していたらしい。

 エリックは近寄り、彼女からすばやく余分な防寒具たちを剥ぎ取ると、彼女を抱えて安楽椅子へと運んだ。

 そしてサラだけをお姫様のようにかけさせて、エリックは絨毯に跪く。


「サラ。正直に言って欲しい。私が期限までに帰って来ると……信じているか?」


 サラは瞬きをした。一つ、二つ、……三つ。

 まぶたが落ちて、まつ毛が伏せられた。

 その下で瞳が揺れている。


(信じては、いないのか……)


 その表情だけで、彼女の真意がすとんと胸に落ちてきたようだった。

 それはそうだ。彼女は一度裏切られている。他でもない、エリック自身に。

 それでも理不尽に思ってしまうのは、いけないことなのだろうか。


「――サラ」


「……はい」


「雪がやむ前に、君の想いが欲しい」


 サラは意味がわからなかったのか、素の表情できょとんとした。

 抽象的すぎたらしい。

 エリックは苦笑してサラの手を取り、瞳を見つめた。


「受け取ったら、きちんと返しに帰って来るから」


 サラの瞳が、今度は大きく揺れた。

 期待の色に染まり、すがるようにこちらを見返してくる。


「想いって、どう渡せばいいのですか?胸を裂いて見せることができたのなら、いくらでも裂くのに……。エリック様は、意地悪です」


「私が意地悪なことは、初めから知っているだろう?」


 思い悩み、本当に胸を引き裂きかねなさそうな様子のサラのために、エリックは触れていた手の甲をとんとんと指で叩いて気を引いた。


「何でもいい。サラからの想いが伝わるものならば、何でも」


 すると、あ、という形にサラの口が開いた。

 彼女は座ったまま腰をかがめて、前のめりになる。

 ほんの、一瞬のことだ。

 エリックの唇に、サラの唇がちょんと触れた。

 かすかな感触だったが、でも確かに触れ合った。

 外から来たからか、まず冷たさを感じた。そして、その柔らかさ。

 それだけを控えめに伝えて離れていくサラを、エリックは追いかけた。

 サラが驚きに目を見張って仰け反り、安楽椅子が後方へと傾ぐ。

 不安定な椅子の背もたれをがしっと掴み、片膝をサラの横へとかけて安定させると、彼女の顎を掬い取り上を向かせた。

 エリックは覆いかぶさるように、彼女のあまい唇を食む。重ねる。ついばむように、何度も口づける。

 そうして熱を少しずつ分け与えていく。


「……んむぅっ」


 たぶんサラが文句を言おうとしている。

 そこまでは許していないとばかりに、エリックの胸をぽかぽか叩き始めた。

 意外と余裕そうだ。それにあまり自分を感じてくれていないので、サラが抗議のために薄く開いた唇に侵入させてもらった。

 サラがますますご立腹で、力を込めてバシバシ!と殴られたが、すべて無視した。

 歯列をなぞると、ぞわっと彼女の身体が震えて、みるみる力が弱まりしぼんでいく。

 エリックは逃げる舌を追いかけて、しつこく絡め取った。

 サラの唇も歯も舌も、どれもが小さい。小さくて、可愛い。


「……ん、ふぁ……」


 エリックは蕩けるサラの顔を想像しながら、そっと彼女の頰を愛しげに撫でる。

 しかしこれ以上すると今度はこちらの身がもたないので、サラの口腔内をあますところなく堪能させてもらってから解放した。

 名残惜しく、最後にちゅっと音を立てて渋々唇を離したエリックとは正反対に、サラは酸欠でへなへなと椅子に沈んでしまった。


「も、……し、ま……せん」


 その宣言はあまりに聞き取りづらかったので、エリックは聞こえなかったことにしておいた。



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