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15話・口づけはいりません。

 

 ずっとここにいてくれると、言ってくれるのを期待していた。

 もしくは、一緒に連れていってくれるという、言葉を。

 エリックにはアマリーという名の恋人がいて、サラにはドーランがいる。

 そう考えると、収まりがいい気がした。

 サラは待たない。待つことはない。

 だって雪に見投げをして、死にたくはないから。

 彼女は、死を安楽と思えるほどの苦痛を感じていたのだろうか。――幼子を残して、逝ってしまうほどの。

 愛する人がそばにいない喪失感、帰らないことへの焦躁、そして裏切られたことへの絶望……。

 サラにはまだどれも、未知の感情だった。

 できれば知りたくない感情でもある。


「――サラ、夜更かしは肌に悪いよ」


 暖炉の前でぼんやりと炎を眺めていたサラは、エリックに掬い上げられて寝台へと運ばれた。

 そっとサラを下ろしたエリックも、寝台へと入ってくる。

 サラがまぶたを閉じようとすると、エリックの邪な指によってもう一度目を開かされた。


「おやすみのキスは?」


 ここ最近、気づくと何かしらのキスが増えている。

 おはようのキスから、雪降ろしのあとのご褒美のキスに、お昼寝前のキス……。

 頬に唇を寄せるとエリックは喜ぶので、サラは恥じらいながらも素直にその要求に応えていた。

 心の壁は日毎打ち砕かれていき、今ではエリックのいない未来を想像するだけでも胸が苦しくて息ができなくなる。

 一日でも長く、雪が降り続いていて欲しい。

 この雪がやまなければ、彼は永遠にそばにいてくれるのに――。


「可愛いサラ」


 エリックがサラの額に、お返しのキスを落とす。

 あと何度、おやすみのキスができるだろう。

 サラは明日が来ないことを念じながら、今日も深い眠りへと誘われていった。




* * *




 残りわずかな未読の本を数えて、エリックはため息をついた。

 部屋に戻ると、サラが不安げに窓から空模様を見上げていた。


「サラ、こっちに」


 彼女を呼ぶと、安楽椅子にかけたエリックの元へと駆け寄って収まる。

 まるで仔犬のようだなと、エリックは緩んだ顔でそんなことを思った。


「サラ、午後のキスは?」


「そんなもの知りません」


 ここのところ、何か理由をつけては口づけをねだっていたせいか、サラが反抗するようになってきた。


「サラからしてくれないのなら、私からしよう」


 サラが根をあげるまで、頭や頬に口づけを贈る。

 最後に意地悪で耳朶を食むと、サラは赤い顔できゅっと目を閉じ、全身をぷるぷると震わせた。


「ぞわってします……」


 気をよくしたエリックは、しつこく耳を責め立てた。

 さすがに息を吹きかけると短い悲鳴をあげて逃げ腰になったが。


「ひっ……!」


「サラ、こっちを向いて」


 火照った顔のサラが、潤んだ瞳でこちらを見上げる。

 エリックは理性を総動員させて、怖がらせないように、唇に自分のそれを重ねようとした。――が。

 サラは後少しのところで、ぱっと顔を背けてしまった。

 あまやかな空気は、儚く消え失せた。

 サラが椅子から逃げ出して、寝台の布団に頭から潜り込む。

 彼女は唇を交わすことはまだ嫌がる。

 どう雰囲気を作っても、直前で拒絶する。

 そこまで心を許してくれてはいないことに、毎回エリックは肩を落とす。

 エリックはサラで膨らんだ布団の端へと腰を下ろして謝った。


「もう嫌がることはしない。そこは籠城するには息苦しいだろう?」


 根気よく待つと、サラの顔が亀のようにひょこりと飛び出した。

 しかし空気をいっぱい吸い込むと、また潜っていってしまう。


「私が嫌なのか、それとも口づけが嫌なのか、どちらなのかだけ、教えてくれないか?」


「……」


「まさか……、ドーランとは、していないだろう?」


 布団の膨らみが上下に動いて、エリックは胸を撫で下ろした。


「そこまで嫌なら、……サラがいいと言うまで待つよ」


 怖がらせたいわけではないのだから。

 心を委ねてくれないのは寂しいが、サラが信じきれないのも理解している。


(だが今の問題は、私の理性が保つかどうかだ)


 サラとの一時的な別れを目前に、どうしても気持ちが逸る。

 早く雪がやめばいい。

 無事すべてを終えて帰って来たあかつきには、思う存分サラをあまやかし、構い倒し、そして自分だけのものにできる。――身も心も、我がものに。


「……エリック様?」


 気づくとサラがこちらを見ていた。

 エリックはほの暗い感情を押し込めて微笑んだ。


「ああ、サラ。やっと顔を見せてくれたのか。それなら、仲直りをしよう?――仲直りのキスを」


 エリックが調子に乗ったので、サラはまた布団の奥に引っ込んでしまった。

 仕方がないので、もう自分から迎えにいくことにした。

 暗い布団の中にいたサラの脇に手を入れて容易く引きずり出すと、膝に乗せて飽きるほど愛でた。

 サラは不満げな顔で頑なに目を合わせないが、それもまた可愛い。

 前にぬいぐるみと称したことがあったが、生きて反応が帰ってくるだけサラの方が何千倍も可愛い。


「もう少ししたら、しばらくの間会えなくなるのだから、そうやって黙っていられると寂しい」


「……寂しくなるから、しゃべらないのですよ」


 サラにはサラなりの理屈があるようだが、それをエリックが理解するのは難しかった。


「その唇……言葉を交わすのに使わないのなら、口づけを交わすのに使っても構わないということか?」


 顔を覗き込むと、ぷいっと逸らされた。

 怒ったのか、さらに両手で顎を押し退けられた。


「もう口づけはいりません!」


 エリックは構いすぎたことをちょっとだけ後悔した。




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