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14話・わたしは待ちません。


 ぽとりと本が落ちた。

 椅子に揺られて、エリックは眠ってしまったらしい。

 サラは本を手にして表紙を眺めた。

 本棚の下段にあったものだ。

 それをそっとテーブルへと置いて、安楽椅子でまぶたを下ろす彼の、肩からずれた特大ショールをかけ直した。


「ちょっと、出かけてきますね」


 寝顔に告げたサラは防寒対策をきっちりと終え、地下通路へと足を運んだ。


 村長の家に行くのは億劫だ。

 エリックを信じず裏切っているような、悲しい気持ちになる。


「サラ」


 名前を呼ばれて顔を上げると、ドーランが壁にもたれて立っていた。

 迎えに来てくれたらしい。

 彼は昔から変わらず、サラに優しかった。

 サラに好きな人がいることを知ってなお、結婚してもいいと言ってくれるほどに。


「元気ないな」


 ドーランはサラの顔を覗き込んで首を捻った。

 途端、彼に対する罪悪感が胸の内をあふれる。


「……ドーラン。やっぱり結婚は、別の人としたほうがいいと思うの」


「今さら何だよ。……あいつは帰って来ないぞ?」


 たとえそうであったとしても、エリックに想いを残したまま、ドーランと結婚していいものなのだろうか。

 だけどきっと、ドーランはそれでもいいと言う。

 彼は兄弟のいないサラにとって、彼は兄のような存在だった。たぶんドーランにとってのサラも、妹のようなものなのだろう。

 だからいつも、あまえてしまうのだ。

 サラは村長の話を聞いてからずっと、心の端に引っかかっていた思いを口にした。ドーランならきっと、怒らずに聞いてくれるから。


「エリック様が帰って来なかったら、……お父さんを、探しに行きたいの。……だめ、かしら?」


 それは予想外の言葉だったからか、ドーランが驚きを露にした。

 彼はサラへと何かを言い募ろうとして、苦々しそうに口を閉ざした。それから深い息を吐き出して、冷静さを持ち直すとサラへと真摯に言い聞かせた。


「お父さんって言ったって、どこの誰かもわからないんだろ?そんなの無謀だ。しらみつぶしに探せるようなことじゃない」


「でも、どこかの貴族様っていう、手がかりはあるもの」


「あのな、サラ。世の中、そんなにあまくはないぞ?」


 そこからサラはドーランに、世界の厳しさを一つ一つ丁寧に説明されながら歩いた。

 エリックが帰って来たのなら、それが一番だ。そこからは彼のために尽くして生きる。父親のことなど忘れてしまえばいい。

 だけどエリックが帰って来なかったら……。

 サラは二度捨てられたことになる。

 娘や恋人を捨ててまで選んだ世界とは、どれだけ素晴らしいものなのだろうか。

 しかし父親を見つける前に、悪人に捕まって売られるのがオチだとドーランは言う。

 やっぱり若い女が一人で父親探しの旅は、彼の言う通り無謀なようだ。

 サラはかくりと項垂れ、そんなサラの手をドーランが握る。

 幼い頃、地下通路で迷子になったことが蘇る。

 だからだろうか、ドーランに手を引かれて歩くと、子供に戻った気持ちになる。

 どきどきなんて、知らなかったあの頃に。もう戻ることはできないと知りながら――。

 




* * *




 目覚めるとサラがいなかった。

 村長宅に行こうとするのを、あの手この手を使い、苦し紛れの嘘を駆使し、何とか引き留め続けてきたが、ついにエリックが眠っているときに出かけるという手法に出たらしい。

 後を追いかけようにも道を知らないし、もうここは、大人しく待つしかないようだ。

 サラはどう思って出かけて行ったのだろうか。

 エリックという恋人がいながら、別の男の元へと。

 必ず帰って来ると言っているのに、村の人は誰も信用してはくれない。それは頑なほどに。

 サラとドーランの結婚準備が着実に進められているのがその証拠だ。

 サラの誕生日は、雪ごもりの直前頃だという。

 エリックが王都へと一度帰り、それからまたこの村に来るのにかかる日数は、多く見積もっても三週間ほど。片道ならば十日あればぎりぎりなんとかなる。

 たとえばサラの誕生日に合わせて帰って来てもいい。

 驚き、目を見張る村人たちから颯爽とサラを拐うのは痛快だろう。

 だが下手な小細工をしている間に結婚が早められたり、不測の事態が起きることも想定すると、なるべく早急に帰って来たいものだが、エリックの気がかりは、家族とアマリーのことだった。

 家族はエリックがルイミ村に住むことには当然反対するだろう。説得には時間がかかりそうだ。

 それと、婚約者であるアマリー。

 万が一、彼女がエリックを待っていたのなら――。

 彼女の想いを裏切る非道さが、果たして自分にあるのだろうか。

 だが、エリックが真に愛するのはサラだ。

 アマリーは可愛い妹。それ以上の感情は、結局持つことができなかった。


「すまない、アマリー……」


 どこにともなく懺悔していると、サラが帰宅した音がした。

 すかさず貯蔵庫を覗きに行くと、サラは手袋をはめた両手のひらに、氷でできた雪だるまをちょこんと乗せていた。


「どーこーにー飾ろうかなぁ〜」


 サラは即興で歌を歌いながら、雪だるまを持ってうろうろしている。


「サラ、それは?」


 エリックが見ていると思わなかったのか、サラが驚いた顔をこちらへと向けた。

 それからばつが悪そうに目を落とす。


「……もらいました」


「……誰に?」


 聞かなくてもわかったが、一応確認のため。


「……ドーランに」


 ぽつりと正直に言ったサラは、雪だるまを貯蔵庫の棚へと乗せた。

 今すぐ暖炉に投げ入れたい衝動はどうにか堪えたエリックは、サラが気を使わないように、気にしてないと微笑んだ。


「ここは寒いから戻ろう?」


 手を取ると、手袋が腹立たしい雪だるまによって冷やされてしまっていた。

 暖炉の前へと連れてきて、エリックがそっと手袋を外す。帽子も、マフラーも、耳当ても、外套もだ。

 一つずつ、サラから外の気配のするものたちを奪い取る。

 普段着の毛糸のワンピースだけになったところで、抱きしめた。


「こんなに冷えて……。もう、外には行かないでくれないか?」


「それは……無理ですよ」


「離れたくはない。ずっと、一緒にいて欲しい」


 懇願すると、サラの身体がぴくりと反応した。


「だったら……ずっと、ここにいてくれませんか?」


 サラの絞り出したような一言に、エリックは言葉をつまらせた。

 それは無理だ。

 家族に自らの安否を知らせたいし、アマリーとのことも清算しないと、エリックの性格ではサラと真に向き合えない。

 その一瞬の躊躇いを感じ取ったサラは、ひどく平淡な声で言った。


「わたしは、待ちませんよ」


「……サラ?」


「わたしは誰かみたいに、来ないものを待ったりはしません。期限までしか、待ちません」


 怒らせてしまったのだろうか。

 もしかすると、信頼が揺らいだ――?

 内心狼狽するエリックだったが、サラは腕を回してしがみついてきた。


「あと少しで、雪ごもりも終わちゃいますね」


「……ああ、そうだね」


「お別れ……です」


「必ず帰って来るから、別れではないよ」


 サラの頭を撫でると、ぎゅっと額を押しあててきた。

 きっと、不安なのだろう。

 エリックはサラの気が済むまで抱きしめ続けた。



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