継承
さて、高い力を授けてくれ、と言われてイエスと答えたものの、具体的に何をどうしようか。
今まで誰かに何かを教えた経験が無いので、正直、困惑を隠せない。
「まぁ、手っ取り早く強くなる方法など、そう幾つも無いか」
技術など、才能と時間の積み重ね以外ではどうにもならない。
だが、別の部分では簡単な強化が可能である。
例えば、それは装備の更新だ。
古の時代、鉄器の台頭はそれまでの武器を駆逐したし、銃が現れれば騎士の時代は終わりを告げた。
魔法、の事は良く分からないが、科学との融合はこいつらに任せれば良いのだし、私は発想を伝えるだけで良い。
そこまで面倒見るのもどうかと思うし。
他の強化の方法として、基本性能の向上という物もある。
普通は地道に鍛える以外にない肉体性能であるが、一足飛びに鍛える方法も無い訳ではないのだ。
例えば、前世での私の様に外部からの改造である。
誰かの手によって強化され一種のサイボーグの様になれば、基本性能の向上など容易い事である。
他の手段として、霊格を上げる、という物もあるが、こちらは目に見えるほどの物となると、危険度がとんでもない事になるのでお勧めはしないでおこう。
海底火山の試練でさえ、期間がそこそこ長い分、危険度としては低めなのだし。
それに下手にクリアしても、上昇した霊格に肉体が耐えきれずに、前世の私の様に爆散死しかねないし。
「質問を良いかね?」
「何かえ?」
「いや、自己紹介をしていなかったな、とふと思ってね。
私の素性ばかり明かして、君達の事は名前も知らないと思ったのだよ」
「妾は貴様の名も知らぬが?」
「名無しなのだから仕方あるまい。好きに呼びたまえ。それが名前になる」
「……その内考えておこうかの」
私が考えている間、三人娘はそれぞれに動き出している。
隠密に長けている茶髪の娘は、戦場の情報収集に。
目の良い金髪の娘は、周囲の警戒に。
そして、どうやら罠だけでなく、武器等の作製・整備も担当していたらしい黒髪の娘が、それらを弄って何かを作っていた。
「という訳で、自己紹介を所望するよ、私は」
「……まぁ良かろ。
妾の名は、ラウラ・リヒャルダ・クリームヒルデ・アンテスという」
「仰々しい名前だね。貴族なりの出身かね?」
「平気で踏み込んでくるの。
まさにその通りじゃ。リングアーチ王国という国で王女をしておった」
「思わぬ大物だ」
「既に滅んだ国じゃ。
世間的には、人類の盾とも呼ばれておったが、空気の読めんジェラルド帝国に滅ぼされた無様な国じゃよ」
元、魔界戦線を支えていた国である。
滅ぼしても現状の様に損をするだけの国だというのに、何かをトチ狂っているジェラルド帝国によって滅ぼされてしまった悲惨な国家だ。
「私の無学なのかもしれないが、普通、亡国の王族など殺されるか慰み者にされる物ではないのかね?」
「普通はそうであろうの。
実際、妾の他の兄弟姉妹は酷い目に遭ったようじゃ」
兄弟は公開処刑と晒し首に遭い、姉妹は性奴隷として変態に飼われているらしい。
何処にでもある話だが、酷い物である。
「妾は丁度この魔界戦線に視察に来ておってな。
そのおかげで難を逃れたのじゃ。
元より妾腹の子ゆえ、あまり顔も知られておらぬしな」
そのまま魔界戦線の奥地でこうして陣を張り、細々と生き残っているらしい。
「中々に壮絶な人生の様で何よりだ。他の二人は?」
「茶髪の方がイルメラ・プレヒト。
国があった時代は妾の護衛じゃな。
元はメイドの新入りじゃったが、才能がありそうだったから引き抜いたのじゃ。
よもや暗殺者としての才能が開花するとは思わなんだが」
「あれは中々の腕前だね。
天性の勘だけであれだと、真面目に鍛えると相当に恐ろしい事になる」
いや、本当に。
経験を積めば、化ける。
攻撃力さえなんとかすれば、下手すると私も一撃必殺されかねない。
「評価されると嬉しいの。
そして、金髪の方がアデーレ・エルトル。
こっちは正真正銘のメイドじゃな。
目が良いから新開発の銃を持たせてみたのじゃが、思いのほか嵌まっての」
「才は感じさせるが、腕はまだまだだったな。今後に期待、という所か」
まだまだ狙撃のタイミングなどに不満が残る腕前である。
鍛えればある程度は物になるだろうが、どの程度まで成長するかはまだ分からない。
「あの銃器は、ラウラ君が開発したのかね?」
「うむ。
弓以上の威力と射程を持つ武器を作れんかと試行錯誤している内に出来たのじゃ。
性能はまだまだじゃが、あれこそが世界を塗り替える物だと妾は確信しておる」
「それは間違っていないね。
銃は、間違いなく剣と槍の時代を終わらせる」
ふむ。やはり、その辺りから攻めた方が良いか。
「では、ラウラ君。頭を出したまえ」
「……いきなり何じゃ、貴様」
「私の叡智の一部を下賜してやろうというのだ。
光栄に思いたまえよ」
訝しんで警戒するので、素早く背後に回り込んで羽交い絞めにする。
「な、何をするのじゃ!」
「良いから大人しく継承されておきたまえ」
後頭部に額を当てて、念じてみる。
「な、なな、何じゃこの記憶は!?
やめろ! 妾の中に入ってくるでない!」
「はははっ、これ、気持ち悪いよな。
私も神の奴に初めてやられた時、思わずぶん殴ってしまった」
神に出来たのだから、一応、同格となった自分にも出来るだろうと試してみたのだが、どうやら成功したらしい。
私がしたのは、継承、というその名の通りの神技だ。
継承できる物は本当に節操が無く、記憶や知識、技術だけに留まらず、人格や霊格なども含めた魂そのものだって継承できる。
一応、継承条件は神格が格下相手のみ、というシビアな様なそうでない様な感じ――神格保有者は圧倒的に少ないのだが、神格保有者ならば大概の存在が格下である――なのだが、私としては初めての試みであるのでドキドキである。
継承が終わり、他者の記憶が流れ込むという気持ち悪い感覚に暴れていたラウラ嬢が落ち着きを取り戻す。
「うっぷ。
まだ頭がうねっておる。吐きそう」
「しかし、参考にはなったろう」
「うえっぷ。
まぁ、の。
異世界の技術体系かえ? 科学の進化というのは面白い物よの。
魔法との融合にどれ程の可能性があるか、計り知れん」
顔を青くさせながらも、クククッ、と不穏な笑みを浮かべるラウラ嬢。
言うまでも無い事だが、顔が青い理由は継承酔いの所為であって、未知の技術体系に対する畏怖などではない。
なんとか我慢しようとしていたみたいだが、更に顔を青くして口元を押さえると、洞窟の中から飛び出していった。
「ゲロイン……」
「たわけの戯言が聞こえたー!」
さっと吐いて戻ってきたラウラ嬢に膝蹴りをぶち込まれた。
当然、ノーダメージ。
「誰がゲロインじゃ! 殺すぞ、貴様!」
「おぉー、それは良いな。
是非とも殺しにきたまえ。
それが叶うのは……何万年後かな?」
「阿呆めが! 妾が生きている内に成就させてみせるわ!」
それでも何十年単位とかかる大事業だ。
植物並みの精神に達している私ならともかく、通常人類には果てしなく遠い時間であるのは確かだろう。
そんな気長な目標を立てるとは、この娘はマゾなのだろうか。
いや、意外と早く達成する事も可能と言えば可能か。
人間など、負荷がかかれば勝手に進化していく。
その重さに耐えきれずに潰れてしまう事もあるが、もしもそれを乗り越えれば尋常ではない強度を人間の身で持つ事になるのだから。
ラウラ嬢に、それだけの意思と才覚があるだろうか。
……ありそうだなぁ。
王族からゲリラに転落しても、平気で逞しく生き残ってるし。
私に対してもちょっと冗談じゃないくらいの殺意が燃えているし。
いや、本当にどうしてこんなに親の仇とばかりに睨まれているのだろうね?
確かに私の生みの親はジェラルド帝国の御貴族様ではあるが、そんな事、言ってないし知られている訳も無いと思うのだが。
それに、常識的に考えて生後一年と経っていない私が、こんな所にいるなどと考える筈も無いし。
「まずは……銃器の改造から始めようかの!」
張り切って洞窟に散らばるガラクタを手に取る彼女を見ながら、私はそんな事を考えていた。
リアルの方が少し忙しくなるので、しばらく不定期になります。
読んでくれている方には本当にすみません