対話
話をしよう、と言われても、私の人付き合いなど神の奴と堕天使くらいしかいない。
だから、話題に困った結果、
「ええと、本日はお日柄も良く……?」
「やれ」
ズビシッ! という擬音が似合う勢いで石弾が額にめり込んだ。
傷は付かないけど、衝撃は結構痛いんだぞ。
「君達は短気だね」
「貴様が阿呆な事をぬかすからじゃ。
妾は真面目に話をしようとしておるというのに」
「失敬な。私も至極真面目だとも」
話慣れないだけだ。
初対面の相手との会話の仕方を忘れているだけである。
決して悪ふざけがしたい訳ではない。本当だぞ?
まぁいい。
ツカミに失敗した事を悔やんでも仕方ない。
気を取り直していこう。
「話といっても、私にはするべき話題などないぞ」
先程、決めた線引きを一言で纏めれば、何でも答えてくれる魔法の水晶、という扱いだ。
疑問などには答えてやるが、自分から何かを話すつもりは無いし、勿論、手を貸してやる事も無い。
なにせ水晶なのだし。
だから、私はその事を伝えてやる。
「私のスタンスを明確にしておこう。
私の事はね、そういう概念があるかどうかは知らないが、何でも答えてくれる魔法の水晶だか鏡みたいな物だと認識してくれたまえ。
君達が発する疑問に対して、私は真摯に誠実に正直に答えよう。
だが、発さない疑問には一切答えないし、君達の行動に対して直接的な関与は拒否する。
まぁ、身にかかる火の粉くらいは払うがね」
「お前は一体何だ?」
言うと、すかさず金髪の少女が疑問を呈してくる。
宣言通りに、私は答える。
「人間の形をしているだけの神龍だ。
まぁ、神にはなり立てだからな。
ちょいと強力な龍、という認識で暫くは良いと思うぞ。
……龍っているよな?」
「竜族ならば今も存在しておるの。
龍種となると伝説の領域じゃがな」
なにやら細かな違いがあるらしい。
私が一体どっちに分類されるのか。
十中八九、伝説サイドな気がする。
「私は詳しくは無いのだが、その族と種に違いはあるのかね」
「……竜族は普通の生物じゃ。
強力な個体ではあるが、番を作って、繁殖を行い、子を為す。
一方、龍種は明確な系統樹が存在せぬ。
ある日突然、そこに生まれるのじゃ。
詳しい事は分からん。
なにせ、伝説と呼ばれる生命体じゃからの」
「では、私は龍種なのかな?
私の親は竜ではないし」
そもそもの由来は、海底火山の中で勝手に生まれた仙龍なのだ。
今の定義で言うと、確実に龍種である。
「伝説の龍が、こんな僻地をうろちょろしているとか……」
「おや? 信じるのかね?」
もっとこう、疑いの目で見られると思ったのだが。
「貴様の異常性は常軌を逸しておる。
龍種だと言われても神だと言われても、おかしくはあるまいよ」
言う端で、茶髪の少女が手近な紙とペンを取って、何かを書き始める。
少しして完成したらしいそれを差し出された。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
&#%¥:UNKNOWN:UNKNOWN
魔力総量:UNKNOWN
魔力強度:UNKNOWN
魔力属性:UNKNOWN
特殊能力:UNKNOWN
攻撃力:UNKNOWN 防御力:UNKNOWN 速力:UNKNOWN 感知力:UNKNOWN 回復力:UNKNOWN 燃費:UNKNOWN 活動可能時間:UNKNOWN
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……なんとなく分からんでもないが、これは何かね」
「感知力が常識の壁を突破すると、こういう事が分かるのよ。
これが、私が読み取ったあなたの情報よ」
「読み取った?
これはつまるところ、何も分からないと表現するのではないのかね?」
「何も分からない、じゃないわ。
何も無い、と言うのよ。
あなたの中には、この世界で適応されるべき情報が一切刻まれていないの」
どうやらこの世界は、ゲーム的表現をすればステータス制らしいのだが、私の中にはそんな情報は無いらしい。
まぁ、当然だろう。
地球には、そんな分かり易いシステムは無かった。
そんな世界から、魂を洗浄する事無く転生してきたのだ。
私の情報と摺り合わずに、バグを起こしたのだろう。
「成程。確かに私は異常な様だ」
「では、改めて問おうかの。
貴様は、この世界の法則が適用されない貴様は、一体何ぞや?」
「異世界で生まれた神龍だ」
隠す事ではない。
それで襲い掛かられても返り討ちに出来るだけの力量はある。
言い触らされても、枝葉末節まで皆殺しにだって出来る。
だから、一々隠し立てしなくても良い。
神から言うな、とも言われてないしね。
「灼熱と圧潰の海底火山で生まれた龍が、永き時の中で徳を積み神へと至った怪物、それが私という存在だとも」
「何故、この世界に?」
「昇神したのだが、その影響で肉体的には死んでしまってね。
天界に受け入れ拒否されたから転生する事になったのだが、元の世界に大した未練も無いから新天地を目指そうと思っただけだ」
要約すればそれだけだ。
何か物凄い特別な理由など一片たりとも存在しない。
「ふむ。成程の。
……何か目的はあるのかの?」
「目的なんて無いとも。
私は基本的には傍観者でね。
全ての味方であり、全ての敵だ。
私を求める者にはそれなりの施しを与えるし、私に刃を向ける者には払い除けるくらいで済ませてやるとも」
どうせ私を本気で脅かせる者などいないのだ。
敵対者であろうともその程度で済ませてやるくらいには、私も寛大になれるという物である。
「その寛大さに、我らも救われたという所かの」
「感謝する必要は無いぞ。役に立たんしな」
「恨みこそすれ、感謝など間違ってもせぬわ、たわけが」
喧嘩を自分から売って返り討ちにあった、という流れである以上、それは逆恨み以外の何物でもないのだが、そこにツッコミを入れたり、それ以前に疑問に思う人物がこの場にいない、私を含めて。
戦場での感情なんてそんな物だ。
私だって、神に強化される以前は普通の人間で、戦にも参加してきた経験があるのだから、この程度の理解はある。
「うむ、その心情は理解できるが、私の方にも補償する気は無いのでな。
頑張って私を討てる様に研鑚を積みたまえ、としか言い様がない」
「それも期待などしておらぬわ。
しかし、研鑚の方には少しばかり期待を持っておる」
「ほぅ?」
どういう選択をするかな?
プライドを取るか、実利を取るか。まぁ、今の発言で答えは分かりきっているが。
「貴様の目から見て、我らは伸び代があるかえ?」
「むしろ伸び代しかない感じだろうか。
色々と究極の領域に達している私から見れば、未熟どころの話では無い訳だが」
正面から堂々と暗殺を敢行してくる阿呆がいた。
地平線の向こうから正確な狙撃をしてくる馬鹿がいた。
大都市を丸ごと罠と防御機構に固めた暇人がいた。
そういった脳のいかれているとしか表現できない者たちを見てきた私にとって、まだ常識の範囲内に存在している彼女らは、未熟以外の何物でもない。
「ならば、恥を忍んで頼もうかの。我らに、より高い力を授けてくれ」
断る理由は、特になかった。