続・圧倒
雪の積もった道なき道を進む。
普通人の感覚では道が合っているのか、どころか、自分が何処を歩いているのかすら曖昧になる様な道程であるが、少女たちの匂いを辿っている私に迷いはない。
ざくざく、と軽快な足取りで雪を踏みしめて進む。
しばらくして。
足元に僅かな違和感を覚えた。
常人の感覚ではまず気付かない様な些細な違和。
この雪の中、裸足で歩くという暴挙をしている私だからこそ、あっさりと気付けた本当に小さな違和。
だが、その影響は劇的だった。
左右の雪の中から、鋭い棘の生えた壁が持ち上がり、こちらを挟み込もうとしてきたのだ。
ご丁寧に棘からは、なにやら正体不明の液体が滴っている。
間違いなく毒だろう。
しかも、芸が細かい事に回避しようと足に力を入れた瞬間、地面を踏み抜いてバランスを崩されてしまう。
落とし穴だ。
ごく小さな物であるが、目的は足止めでその効果は十分に発揮していた。
というか、体重では崩れず、踏み込めば落ちるという絶妙な蓋の強度調節に戦慄を覚えずにはいられない。
今からでは……まぁ躱そうと思えば躱せるが、その際に発生するGに少女たちが耐えきれるか疑問であるので、仕方なく受け止める事とする。
頭を傾け、角の先端を向かって右側の板に。
左足を引っこ抜いて向かって左側の板に。
それぞれ添えて押し留める。
角はともかく、足裏には棘の感覚があるのだが、残念ながら私の龍皮を破る程の威力は実現していない。
丁度良い足ツボマッサージだ。
で、どうしようか。
完全な硬直状態である。
塞がっている両手の少女たちを投げ捨てれば済む話なのだが、これだけ緻密で容赦ない罠があるのだ。
下手な場所に投げ捨てれば、新たな罠が発動して彼女たちが死にかねない。
ああ、そうとも。私は少女たちが気に入ったのだ。
少なくとも、私の見ている範囲内では死なせたくない、と思う程度には。
恋だの愛だのではない。
断じてない。
ただ、この様な道を極めつつある芽を摘み取りたくは無いだけである。
彼女らが醜いおっさんだろうと同じ判断を下しただろう。本当だぞ?
まぁ、今はそんな話はどうでもいい。
重要なのは、どうやってこの状況を脱するのか、である。
「そんな甘くは無いよね……」
これだけ殺意満点な罠を用意してくれた相手である。
第二、第三の手を講じられていてもおかしくない。
具体的には、目の前から振り子の様に先っぽが尖がった丸太が降ってきたりとか。
ご丁寧にこれにも毒が塗られているっぽい。
マジ殺意高ぇ。
少しだけ少女を抱える位置を調節して、腹で受けると普通に跳ねかえる丸太。
卑怯臭い防御性能は本当に卑怯だな。
攻撃が機能を果たさないというのは、相手にとって悪夢以外の何物でもないだろう。
「と、こうしていても仕方ないな」
丸太の後も、あちこちから色々な物が飛んでくる。
遠くからこちらを観察し、遠隔で罠を起動させているのだろう。
器用な事だ。
その全てが常人にとって凶悪過ぎる代物であるが、龍を殺すには全く足りていない。
私は少女たちに当たらない様に注意するだけで、その全てを身体で受け止めていた。
それでなお、無傷である。
向こうさんが諦めるまで付き合っても良いのだが、業を煮やして片方の少女が使っていたような爆発物を投げ込まれても困る。
私は無傷で済むが、少女二人は死にかねない。
まぁ、さっき龍血を飲ませたばかりだし、多分、傷付く端から治癒して生き残るだろうが、それも確実とは言えないので用心するに越した事はない。
龍血の効果時間も正確に覚えてないしね。
となると、早急にこの状況から脱して、最後の一人を張り倒してやるのが良いだろう。
方針を決めれば、あとは行動するだけである。
罠の途切れ目で少女二人を高く放り上げる。
瞬間。
ガチン、と普通の人間なら毒以前に潰されてしまうであろう勢いで抑えられていた二枚の板が閉じる。
私というつっかえ棒が無くなったからだ。
罠を動かしている誰かの居場所は分かっている。
いや、本当にそうかは分からないが、少なくともこの近辺に存在している人物はたったの一人だけだったので、そうであると断じだけなのだが。
どうして分かったのか、と言えば、長年の勘……などという曖昧な物ではなく、所謂エコーロケーションだ。
周囲に反響する音から周辺の地図を草木の一つ一つ、舞い散る木の葉から飛び散る雪までを把握しただけの事である。
そういう技術を持っている動物や機械があると知ってから、ちまちまと練習を重ねていた成果だ。
私は意外と努力な人の気がするね。
銃の少女兵に近付いた時の様に、音どころか揺らぎすらも消して高速で向かう私は、遂に罠師の姿を捉える。
他の二人と同じように全身を覆う白いローブの様な物を着ていたが、フードは着用しておらず顔が見えている。
黒い短髪の少女だ。
鋭い目つきをしており、仕事人という印象を受ける。
その視線が、明確に私の姿を捉えていた。
凄いな。素直に感心する。
今の私は、音速とは言わないが、亜音速程度の速度は出ている。
しかも、その影響で発生する筈の音や風を全て無効化している。
だというのに、その姿を完璧に捉えるとは、中々の視力だ。
少女が後退しながら、幾つもの石弾を投げ捨てていく。
表面に刻まれた刻印が光を放ち、それぞれの効力を発揮する。
炎が舞い踊り、水が渦を巻き、雷が鳴り響く。
各種属性の魔法だろうが、龍の霊格の前には有効打とはなら……
「ぶあっは!?」
そうした中に催涙弾が混ざっていた。
まさかの刺激に目が痛い。
鼻もむずむずする。
超油断していた。
次いで爆音と閃光が場を席巻した。
閃光手榴弾の一種なのだろう。
流石にそれはシャットアウトしたが、マジで容赦がねぇな。
好感度、高ぇよ?
涙で歪む視界の中で、物凄い速度で走り去ろうとしている姿をなんとか改めて捉える。
……お礼に少し真面目に相手をしてやる事にした。
震脚の様に足を地面に叩き付けると、大地が鳴動する。
地震だ。
震度にして六はあるだろう程の揺れ。
地震地帯でも中々起こらないそれは、いとも簡単に逃げ去る少女のバランスを崩した。
海底火山で生まれた龍が持つ山の霊格である。
次いで、指先を立てて、上向きに引っ張る。
今度は、何かが罅割れる様な音の直後に、あちこちから大量の水が噴き出した。
地下水を引っ張り上げたのだ。
その量は莫大の一言で、この辺り一帯を水没させても余るほどの量となっている。
これもまた、龍が持つ海の霊格の一部である。
ちなみに、これらは魔法ではない。
広義では含まれるのかもしれないが、実質的には電気鰻が発電したりするのと同じ物である。
「ふはははははっ、大海に沈むが良い!」
全方位から物凄い勢いで迫る水の壁に、流石の少女兵も為す術も無い。
もう抵抗は無いだろう。
そう判断した私は、取り敢えず元の罠が仕掛けられていた地点へと戻る。
丁度落ちてきた少女二人を受け止めると、少し離れた場所から空高く水飛沫が上がった。
すぐさまに取って返す。
巨大な渦を巻く洪水地点に舞い戻り、顎をしゃくると、まるで水が生物の様に蠢いて中で滅茶苦茶に揉まれていた一人の少女を浮かび上がらせた。
呼吸をしていない。
まぁ、当然の結果だ。
肺が完全に水に埋まっているのだろう。
ついでに、水圧で全身の骨がバキバキだ。
内臓なども痛んでいる事だろう。
すぐさまに彼女の喉奥に血の滴る指先を突っ込む。
強引に龍血を嚥下させれば、あっという間に元通りである。
「ふぅ、一段落だな」
水に浮かぶ少女が危地を脱した事を確認した私は、一息を吐く。
私の意思に従い、轟々とうねっていた洪水は凪となり、少しずつ流れていっている。
下流に当たる戦場は突然の洪水に混乱状態となっているかもしれないが、まぁそういう事もあると納得して貰おう。
天変地異だ。諦めろん。
神の仕業で間違ってないし。使ったのは龍の力だけども。
爪先に引っかけて宙に蹴り上げた三人目を首に引っかける様にして受け止め、私は当初の予定通りに三人娘の拠点へと向かう事とした。
安直なハーレムルートにはいきませんので、期待はしないでください。