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接敵

 世界最大の大陸、リンテンス。


 彼の大陸には、最新にして最大の版図を有する帝国がある。


 ジェラルド帝国。


 成立から未だ半世紀と経っていないにも関わらず、リンテンス大陸の約三分の一を支配する大国である。

その手法は大胆な物で、東西南北、隣接する国々には後先考えず――もしかしたらきちんと考えているのかもしれないが――に喧嘩を売っては打倒し、併呑していく事で支配領域を広めていった。


 皇帝が二代目となった現在もその方針は変わっておらず、周囲の国々に対して、小国も大国も問わず、戦争を仕掛けている。

 そんな国境が全て戦場、という有り得ない国家の中で、異色の戦場が北部にあった。


 魔界戦線。


 人類の怨敵、魔族と呼ばれる何かが住まう北の大地と接している戦場だ。

 北の大地は、幾つかの理由から魔界戦線以外のルートで人界とは接しておらず、それはつまり魔族の攻勢をその地で全て受け止めるという事に他ならない。


 以前までは、防衛のみに特化した軍隊を持つ国家が、その全戦力を用いて防ぎ止めていた。

 その国が滅べば魔族が雪崩れ込んでくる事は目に見えていた為、周囲の国々も空気を読んで攻撃する事は無く、むしろ積極的に援助をしていた。


 しかし、ジェラルド帝国がそんな暗黙の了解を気にする筈も無く、無防備な背中を容赦なく切り捨てて併呑してしまったのだ。


 魔族相手の戦場は、人間相手のそれと比べるとやや趣が異なる。


 そのノウハウを持たないジェラルド帝国は、魔界戦線において押され気味とならざるを得なかった。


 …………


 雪の積もった高い山の頂に降り立った私は、下界に広がる戦場を見て眉を顰めた。


「おいおい。魔族ってマジかよ。この世界、大丈夫か」


 地球には、魔族などいなかった。

 それは、管理者である神がその様な存在を創らなかったから、などという理由ではない。


 発生する端から、そうと知らずに人類の手で滅ぼしてきたからだ。


 魔族は、世界を彩る舞台装置なのだ。

 だから、単純に力で押した所で滅ぼせる物ではない。

 条件があるのだ。

 そして地球人類は、その条件のほとんどをクリアしたのである。


 実はこれは本当に凄い事なのだ。

 私は他の世界の事は知らなかったが、神曰く、ここまでクリアした人類はどの世界にもいないそうだ。


 残す魔族は、あと一つ二つ程だが、その滅亡条件のクリアも私が死んだ頃には既に目途が付いていたし、おそらく何の問題も無くクリアしているだろう。


 さて、翻って目の前の現実である。


 魔族がいる。

 まぁ、それは良いけれど、明らかに戦い方を間違えている。

 確かにゴリ押しで押し返せない訳ではないが、それは効率的ではないし、そもそも根本的な問題解決にはなり得ない。


 もしかして、魔族が一体何なのか、という問題に対してこの世界の住人は、答えを知らないのではないのか、と思う。


「あの魔族は……ああ、《絶対悪》か。魔王の居所が分かり易いな」


 私の手でクリアしてやる事は簡単だ。

 ちょっと行ってぶっ殺してやれば良い。

《絶対悪》の魔王は、勧善懲悪の物語である。

 魔王の正体を突き止めて力任せにぶっ殺して正義を掲げれば、それでクリアという極単純な条件だ。


 だが、それは駄目だろう。

 私はもう神なのだ。不本意ながら神になってしまったのだ。

 となれば、本格的に手出しは厳禁である。それが神との約束事だ。


「人は……神が導くまでも無いんだよ」


 それが、神が、自らが与えた制裁の中を生き残った私から得た教訓である。

 神が一から十まで面倒を見なくても、人は勝手に栄えて、勝手に衰えて、しかしゴキブリの様な生命力でなんだかんだと生き残ってまた栄える。

 それが人という物だ。


 下手に突かない方がよほど成長するのだ。


 それを理解したからこそ、神は世界の管理から手を引いた。

 これはもう無理、絶対に無理、明らかに異常事態だ、放っておけば人類どころか世界がヤバい、っていう事態にでもならない限りは手出しは無用という取り決めをしたのである。


 私も、それに賛同する。


 だからこそ、解決する知恵と手段はあるが、それをする気はない。

 頑張れ人類。神に頼らずとも人は逞しい物だぞ、と応援する程度だ。


「とはいえなぁ。あの魔族は育ち過ぎだろ。明らかに魔族だって分かる姿してるし」


 地球で魔族が観測されなかったのには、それも理由の一つだ。

 魔族は、生まれた時点では魔王とほぼ同一の種族として生まれる。

 だから、母体となる魔王が人間ならば人間に近しい姿を取るし、畜生の類なら同じように畜生の姿となる。


 地球では、その第一世代と言うべき時点で魔族を殲滅し、魔王を滅ぼしてきた。


 だが、この世界の魔族は、明らかに悪魔の様な姿をしている。

 魔王がそういう姿として生まれた可能性もあるが、おそらくは長い時間をかけて変質した成れの果てだろう。


「直接ぶっ殺す気は毛頭ないが、はてさてどうしたものか。

 ここまで成長すると、かなりの霊格に膨れ上がっている筈だし、そうすると人間の手には余るんじゃないかね」


 数少ない、直接的な暴力が打倒条件である《絶対悪》の魔王。

 だが、その単純さ故に、時間経過と共に爆発的に力が高まっていく特性を持つ。


 というか、最終段階まで育ち切ると私でも勝率が五割までしかいかないしな、あの魔王は。

 しかも、昔ならともかく、今の私が魔王を倒す訳にはいかないし。


 約束事以外にも、私を縛る物はある。

 いや、縛る物という程強力な物ではないが、単純に私が魔王を倒しても何の意味も無いのだ。


 何故ならば、魔王とは人類試練であるからだ。


 乗り越えるべき試練。

 人類が自らの進化の為に打倒すべき世界の中にプログラミングされた試練こそが、魔王の正体である。


 地球時代の私は、まだ人間の範疇だった。

 色々と後付されたが、ベースは確かに人間であると言えた。

 だから、最悪の話、私が出張って張り倒せば済む話だった。


 しかし、今の私は、神の手で創られた肉体を持ち、神の魂を有している。

 はっきり言って人間の要素が完璧に消え失せていた。


 だから、私が倒しても魔王は復活する。

〝人類〟が試練を乗り越えていないのだから、当然の事だ。


「目の前で世界に滅ばれるのは後味が悪いし、少しばかりはテコ入れを考えてやるべきか。

 まぁ、無理なら無理で諦めるけど」


 ほんの少しだけである。

 それで乗り越えられるようなら良し。駄目なら潔く滅べ。

 その程度の気分で行こう。


 具体的にどうするかは、これから考える。

 間違っても直接的に魔王に何かをする気はないが。


 気分も決まったので、取り敢えずもっと近くから戦場を眺めようと山を下った。


 …………


 ざくざく、と雪の積もった山道を降りていると、血の匂いが空気に混じってくるのを感じた。


「うーん、久し振りの戦場の匂い。

 しかも、火薬臭のしない戦場となると、一体何百年振りになるのやら」


 ちょっとだけセンチメンタルな気分になる。


 魔法がある所為なのか、こちらの世界ではそこまで科学が発展していない様だ。

 精々が鉄製の剣と鎧が一般的に普及している、という程度だろう。


「うーん、英雄英傑の時代は良いねぇ。

 現代の地球では、相当な猛者じゃないとそういうのは生まれないし」


 そもそも、武力的な戦争自体がほとんど消え失せていた。

 火薬庫と呼ばれる様な土地も幾らかは残っていたが、ほとんどの国は経済戦争に移行し、直接的な暴力は、もうどうにもならん、という事態に陥らないと切られないカードとなっていたのだ。

 下手に切れば、世界中の国々から経済的軍事的問わずの制裁が飛んでくるし。


 しかし、私は原始の人間だ。

 しかも出身は狩猟民族である。

 時代時代に適応はしてきたが、それでも時折血の匂いを欲して戦場を訪れるというような事を繰り返した。


 この世界の戦争は、どうやら現代地球よりも私の時代に近い様だ。

 少し嬉しい。


「……この貫く様な鋭い殺気も懐かしい物だ」


 気付かれないくらいに小さく、呟く。


 山を下り、麓の森に入った辺りから、物凄い殺気が放たれている。

 別に隠密を気取るつもりは無いが、無闇矢鱈と絡まれる事の無いようにと気配には気を付けていたのだが、あっさりと見付けてくれやがったらしい。


 この時点で、この殺気の持ち主が相当な実力者である事が窺える。


 懐かしい感触に更に嬉しくなる。


 さて、どうしようか。

 遊びたいとも思うが、今の私と遊ぶのは人間には少し辛い物があるだろう。

 それで心を折ってしまって、このレベルの使い手の将来を潰してしまうのは面白くない。

 まぁ、折れずに逆に奮起する可能性もあるが、そこまで見極められる程、私の目は肥えていない。


 考えたが、馬鹿の考え休むに似たり、である。


 良い閃きが降りてこなかったから、向かってくるなら相手をしてやり、向かってこないなら無視する事にした。


 判断を下すと、ふっと気が緩む。


 それを隙と捉えたのだろうか。

 殺気が一際強くなる。


 瞬間。


 私の首に細い糸の様な物が巻き付いた。


「おっ、鋼糸か」


 その正体は、鋼製の細い糸だった。

 私の背にぶら下がる様にして、それを勢いよく締めてくる。


 しかし、一切の躊躇なく引き締められたそれは、普通の人間の首であれば一発で飛ばされる威力を秘めていたが、神龍の首を落とすには些か以上に足りない。

 首を絞める、という効果すら生まれない。


「?」


 私の背後で、首を傾げる様な気配があった。


 私が振り返ろうとすると、すぐに気を取り直したのか、鋼糸から手を放して脇の森の中へと消えた。

 一瞬、視界の端に捉えたそれは、頭まですっぽりと白い装束に覆った小柄な姿だった。


 雪上迷彩。

 ちょっとわくわくするね?


 それはともかく、随分と小柄だったな。

 150も無かったんじゃないか?


 子供。

 うん、そうだ。子供なんだ。


「少年兵というのは、戦場の常とはいえ、なぁ」


 狩猟ならともかく、血で血を洗う人同士の戦場に放り込むのは、少しばかり感心しない。

 まぁ、相手は人ではなく魔族だが、それは些細な違いだろう。


 更生は……おそらく無理だと判断する。

 どれくらいの間、戦場に身を置いてきたのかは知らないが、今の少年兵の殺気と手際は、歴戦の戦士と言われても信じられる程だった。

 そんな怪物の領域に片足突っ込んでいるような奴が、今更、まともな道に戻れるとは思えない。


 そういえば、かつての勇者にそんな奴がいたな。

 今更の様に思い出すが、あれ程の自由人もいなかった。

 外道が服を着て歩いている様な人間ではあったが、ある意味であれはまともな道にいたとも言えるかもしれない。

 結果として魔王の一柱を倒しているし。

 ほぼ単独で。怪物だな。


 そう考えれば、意外と戻れる気がする。

 あれは例外と考えた方が良いとは思うが。


 などと余裕をぶっこいていたら、こめかみに鋭い一撃がヒットした。


 反射的にぶつかったそれを掴み取る。


「……弾丸?」


 石で出来た玉だった。

 表面にはなにやら意味の分からない紋様が刻まれている。

 魔法だろうか。


 と、観察していると、その紋様が光った。


 直後。


 盛大な爆炎が私ごと周囲を薙ぎ払った。

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