逃亡
投稿の仕方については模索中ですので、読み辛い等の文句があればお構いなくどうぞ。
そして、現在、生まれたばかりの赤ん坊である。
いきなり爆発四散しない様に、神によってフルチューンを施された特別製のボディだ。
私が入っていても全然大丈夫。素晴らしい。
おぎゃあおぎゃあ、と泣く私。
どうも本能に根差した行動なのか、制御できない。まぁ、その内泣き止むだろう。
流れに身を任せるのも私の得意技だ。
私の顔を覗き込む男は、父親だろうか。
それなりに身形は良さそうだが、経済状況は良いのだろうか。
ちなみに、私が転生した先は地球ではない。
神に、どうせ地球にいてもやる事ないだろ? なんて言われてしまって思わず納得してしまった。
なので、私は魔法文明の存在する、私という存在がいてもそこまで不思議ではない異世界へと転生する事になったのだ。
文明レベルの確認まではしていない為、実際の所はなんとも言い難いがきっと上流階級に引っ掛かる程度の地位は持っていそうな父の姿に、私は内心で満足げに肯く。
と、思っていられるのも束の間。
雲行きが怪しい事に気が付く。
覗き込む父親の顔が喜色ではなく不快感に彩られているのだ。
何故だろうか。
言っては何だが、今の私は可愛い赤ん坊の筈だ。
我が子を見てこんな顔をする親がいるのだろうか。
まぁ、いる所にはいるとは思うが。
泣き喚きながら、疑問に首を傾げると頭の先が何処かにぶつかる感触を得た。
瞬間、私は悟る。
ああ、成程。これは確かに不審感を得ちゃうわな。
そういえば、忘れていた。というか、失念していた。
だって、私の頭には鋭い角が生えているんだから。
…………
何故、私の頭に角が生えているのか、それはまだ私が神の下で転生を待っている間に遡る。
その時の私と神は、私の魂を受け入れる事が可能な器を作製する事に情熱を注いでいた。
基本的に傍観者であった私達は、久し振りに自分から何かをするという事に我を見失いつつあったのだ。
そして、せっかく龍の霊格を持っているのだから角付けようぜ! と私が言ったのだ。
もう一度言う。
私が言ったのだ。
その瞬間の神の、正気かこいつ、という顔は忘れられないだろう。
きっと、あの野郎は私が人社会から放逐される未来を幻視したのだろうな。
今度会ったら、一発殴らねば。
ともかく、そんなしょうもない理由で私の右の額には、天を衝く鋭い深紅の角が生えているのだ。
よく母の腹に刺さらなかった物だ。
神が調整したのだろう。
そこは感謝せねば。
視界の端に映る母を見れば、彼女は見た所、普通の人間だ。
父も普通の人間である。
こんな角の生えた子供が生まれてくる筈も無い。
これを神の祝福――微妙に間違っていない。神の呪いかもしれないが――と捉えてくれれば幸いだが、悪魔の呪いと受け止められれば、即座に殺される、という事だってあり得る。
ぶっちゃけた話、今の私には肉体の未熟さなど些末な問題だ。
今の状態でも、目の前の男の首をコンマ以下の時間で捩じ切ってやる事だって可能なのだ。
それ程までに、霊格が高いというのは理不尽な力なのだ。
だから、父母を含めた周囲の者たちが私を殺しに来た所で、軽くあしらってやる事は出来る。
そんな訳で私は、余裕を持って父の出方を窺った。
「……―――――」
何かを呟かれて、私は産婆へと預けられた。
言葉は分からなかったが、すぐさまにどうにかなる訳ではなさそうだ。
…………
それから、数日。
私はすくすくと成長している。
まぁ、見た目は変わっていないが、中身は生まれた当初とは随分と違うのだ。
肉体が私の魂に馴染んできたとも言える。
おかげで結構無茶も出来そうだ。
大気圏突入は厳しいかもしれないが、海底火山くらいになら行けると思う。
生後数日の赤子の肉体とは思えないな。本当に私の魂は凄いと思う。
さて、それはさておき、数日で私はこの世界というか、周囲の言葉をおおまかに理解できるようになった。
これは、単純に今までの経験だ。遥か太古の時代から生き続けてきた私の中には、あらゆる時代のあらゆる言語が息づいている。
それらに照らし合わせつつ、簡単な単語から解読したのだ。
今では日常会話くらいならば問題ない程度には解読が進んでいる。
なにせ暇だったからな!
いや、本当に赤ん坊というのは暇なのだよ。
普通の赤子と違って、体力も有り余っているから日がな一日寝て過ごす、なんて事も出来ないし。
だから、乳母やらの母乳を飲んでいる時以外は、ひたすら言語の解読に時間を当てた結果、数日という驚異の時間で言葉を習得したのだ。
私は自分を褒めても良いと思う。
で、習得した言葉を駆使して、屋敷内の会話に聞き耳を立てて情報収集した所、どうやら私は、クローセル伯爵家という貴族の子供らしい。
しかも、長男。
期待されますね?
でも、角がありますね?
当たり前の帰結として、この事が大分問題視されているみたいだ。
今の所は、神の加護とみる勢力と悪魔の呪いとみる勢力は拮抗しているように見えるが、やや呪い側が強いと思われる。
父であり、この家の主人であるクローセル伯爵は、今の所、独り言でも私の角については言及していないので分からない。
あっ、ちなみに、私の聴力はだいぶ強化されているから、屋敷内であれば小さな呟き一つ逃さずに聞き取る事が出来る。
クローセル伯爵家は、国の中では中の下という程度の貴族家であるが、だからこそ敵を造れば簡単にとり潰せる程度の家とも言える。
故に、付け込まれる様な問題を造るべきではない。
跡取りとなるべき長男が悪魔に取り憑かれている、などという風評は断じて流すべきではないのだ。
対処法は、大きく三つ考えられる。
一つは、これは神の加護だと言い張る事。
実際、神の御手によるものだし、間違ってはいないが、素直に言葉通りに捉えてくれる善玉の者は少ないだろう。
人間はそれ程に素直ではないのだ。
一つは、角を切り取って証拠を失くしてしまう事。
悪魔に憑かれている、と言い張った所でその証拠が無ければどうしようもない。
教会だかの人間を抱き込んで断言させようとした所で、逆に伯爵家もそういった人間を雇って反発させてしまえば済む事なのだ。
だが、これには大いなる問題がある。
なんと言っても、この身体が神謹製の特別製である事だ。
しかも、現在進行形で私の霊格に合わせてバリバリに魔改造中である。
時間が過ぎれば過ぎるほど、とてもではないが角の切断は困難となる。
ならば、最後の手段。
私を殺して、子供は死産だった、という事にする方法だ。
これが一番手っ取り早く、確実である。
さて、どうしようか。
強かな貴族――あくまで私のイメージだが――が第一の選択肢を取るとは思えない。
そして、第二の選択肢を選んだとしても、そこに道は無い。
ならば、辿り着く先は第三の抹殺しかない訳だ。
「……アホくさ」
近くに誰もいないのを良い事に、赤子の喉で小さく呟いた私は、本来であれば首も座っていない時期だというのにむっくりと起き出す。
ぐらりと頭が揺れるが、気合いを入れるとすぐに落ち着いた。
足に力を入れて立ち上がると、たった一度の跳躍で窓際へと辿り着く。
「……まぁ、一応、産んでくれた事には感謝しようかな? うん、放っておいても
別の何処かで産まれた事は言わないって事で」
ぺこりと頭を下げて、私は外界へと身を躍らせた。
…………
その後、クローセル伯爵家の嫡男が神隠しにあった、という噂が市井に流れたが、その真相を知るたった一人の張本人は、特に気にする事は無かったという。