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焦燥

手元の漫画雑誌をつまみ上げて壁面に叩きつけた。髪をくしゃくしゃになるまで掻きむしって、ゴミ箱を蹴飛ばした。錯乱した精神により、まるで私は本当の悪霊のような状況になっていた。深夜なので発狂することだけは我慢した。狭い部屋で壁が薄いので声が響くのだ。そのために必死に自分の口を両手で塞ぐことをした。両膝を床について、涙を浮かべながら。イライラする、腹の虫が治まらない。どこにも捌け口のない憎悪が、胸を締め付けるように私をなぶる。


 今まで積み上げてきたのだ。自分の人生を。私の頭の中には確かに『思い出』が残っているのだ。陰陽師に消された後の思い出でも。母親がいなくて辛かった瞬間だって、それを乗り越えてきて必死に生きてきた自分自身がいるのだ。


 それが一気に否定された。まるで自分は別の誰かの人生を乗っ取って生きているみたいな感覚だ。不愉快この上ない。ここまで煮えくり返るような気持ちになったことはない。今まで私は絶花に追い回される形で陰陽師の世界に関わっていると思っていた。しかし、現実は私自身が異端児だったのだ。私の化けの皮が弟によって剥がされたのだ。そう考えるしかない。


 『まなこはあなたよ』


 この不可解な謎を解く鍵を私は持っている。柵野真名子が最後に言い放った言葉が耳にインプットされている。もし、私が柵野真名子であり、奴が正真正銘の倉掛絶花であったとするならば。もしどこかのタイミングで入れ替わっているとするならば。


 「問い詰めなきゃ。柵野眼に会って問い詰めるの。私が何者であいつが何者なのか。あいつはただの悪霊じゃない。レベル3とか、凶悪な悪霊とか、そういう意味じゃない。あいつの生前について暴かなきゃ」


 母親は私が何者かの答えを知らなかった。母親は赤ん坊の頃に私を手放したと語っていたので、おそらく柵野真名子についての過去はないのだろう。夢の中であいつが口走っていた『お母さん』についての疑念もある。私と真名子とお母さんとの思い出の場所があの『遊園地』だった。


 お母さんとは誰だ? 当初は倉掛一輪のことだと思っていたが、そうではない第三者だったとするならば。いったい誰が私と真名子を遊園地に連れていったのだ?


 「すげぇな。お姉ちゃん。心の中で自分自身にブチギレながら、頭はドンドン冷静になっている。女性ってイライラするほど理性的じゃなくなるイメージがあったが、お姉ちゃんの場合は逆なんだな」


 「話しかけてくるな、蒲牢」


 私の頭の中の脳内会議は私の式神には筒抜けなのである。だから、私のこの葛藤が蒲牢と唐傘には伝わってしまったかもしれない。


 「ねぇ、唐傘。私が仮に悪霊だとして、あたしってどうなるの? 陰陽師に殺されるの?」


 「いえ。姉君は断じて悪霊ではありません。悪霊の波動など流しておりません。それどころか、陰陽師の波長も流してません。ただただ我々の妖怪の波長を体の中で電動させて流しているだけなのです」


 私を庇ってくれている面もあるだろうが、確かに私が悪霊になったというのは、考えが焦燥だったか。


 「姉君が別の何者かの記憶を思い出しているのも、何かの間違いです。きっと何かしらの複雑な因果が絡まりあって変なことになっているだけです。きっと柵野眼が悪行を働いて姉君を困らせているだけなのです」


 声がかなり震えていた。九割は私を鼓舞するために魂を振り絞った結果であり、また残り一割は純粋な私に対する疑念から生じたものだろう。私が怖いのだ、この正体不明の倉掛百花が。


 「お姉ちゃん。そんなに気を病むことはないぜ。筋書きや肩書きなんざどうでもいいのさ。自分が何者かを決めるのはいつだって自分自身さ。自分が成りたいと思う者になればいい。自分の心が『私は倉掛百花だ』とそう訴えているのであれば、それだけでいいじゃないか」


 そんな気休めや綺麗事が聞きたいんじゃない。私が知りたいのは、揺るぐことのない事実なのだ。例え私にとってどんなに不幸な結論が待っていたとしても、それを知らずにこの先の人生を生きていく方が辛い。人間は真実なんて知りたくもないのに、知りたいという気持ちには勝てない。そういう生き物だから。


 「もしこの体が別の誰かの所有物ならば、この体をその人に返してあげなきゃいけない」


 「そんな律儀な」


 首を横に振った。そんなに大きいモーションではなく、小刻みにである。両手を胸のあたりに組んで、目を優しく瞑り、神様にでも祈るようなポーズで。


 「そして私が本当の体が欲しい。自分は自分として生きていきたい。嘘っぱちの人生なんか嫌だ。仮に私が悪霊ならば、私なんて殺された方がマシよ。嘘をついて生きることだけは嫌だ。せめて胸を張って倉掛百花と名乗って生きていきたい。誰かの幸せを奪ってまで幸せになりたくない」


 今では思い出せない私の親友。柵野真名子。この体があなたの物であり、私が借り物の器であるというのならば、この入れ替わった身体と魂はもう一回取り替えなくてはいけない。例え次の瞬間に陰陽師に私が殺されたとしても。


 「確かあいつ、緑画高校の陰陽師に狙われていたよね。急いで先に見つけないと」

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