悪夢
さぞみっともない顔をしているのだろう。驚愕の顔というより、恐怖に歪んだ顔だ。開いた口が塞がらずパクパクと微かに動き、目は霞んだまま閉じれない。涙が薄らと流れて、口はへの字に曲がっていた。女の子としては、さぞ気持ちが悪いだろう。だが……、これが本物の悪夢だった。比喩表現でも、大げさでもない。
悪霊により仕組まれた、計画された本物の……悪夢だった。
あいつは私のことなんでどうでもよかった……、あいつは私の生死になど執着していなかった。目的は私から昔の思い出を思い出させること……。私に計画通りに夢を見せて……決まっていたように『温羅』から能力を奪った。奴にとっては一周回っていたんだ……この計画は……10年以上の歳月を考慮して……。
私は弟に肩を担いで貰い、よろめきながら駅を出た。私の具合の悪さを察したのか、不安気な顔で駅員が駆け寄ってきて、重い荷物を外へ運んでくれた。誰かを担ぐなど私のめんどくさがりな私の弟にしては、絶対に御免被ることだろうが、私の深刻さを察したのか、嫌な顔すら浮かべなかった。それくらい私はどうかしていたのだろう。
駅のホームの椅子に腰掛けると、今度は目の前が真っ黒になった。声が出ない、視界が歪む。激しい頭痛と吐き気も襲った。足がふらついて真面に立てそうもない。両手は痙攣して止まりそうもなく、両膝も小刻みに震えている。なにより……先程から涙が止まらない。左の手のひらを頭上に叩きつけた。また、顔が歪む。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
痛い。
「お客様、どうなされました。おい、誰か救急車を!!」
「お姉ちゃん!! お姉ちゃん、しっかりして!!」
裏切られた、友だちだと思っていたのに。記憶を消されてしまったから、ほんの少しの記憶しか無いのだ。でも私は心が覚えている。確かに私と真名子は友だちだった。なのにどうして……あの子は悪霊になってしまったのか。いつ、誰に、どこで、殺された? そして、どうして私を使って、こんな真似をするのだろうか。いや、奴にとっては私と仲良くしていたのも、全て初めから計算だったのだろうか。
私が陰陽師の娘であり、陰陽師機関から記憶を消された少女と知っていて近づき、過去の記憶の中に残存できる程の印象となった。私の夢と過去の記憶は直結している。奴にとっては全てが必然である。奴は夢になって私が体験していることを、既に過去で経験していることになる。そして、私は全体的には何も思い出せない。
「私って……なに?」
痛い中二病患者のような台詞を高校二年生である私が言うのは至極恥かしいのだが、今回ばかりは本当に自分がわからなくなった。奴が最後に言い残した言葉。まなこはあなたよ。意味がわからない。まなこはお前のはずだろう。
「私って……まなこって……」
頭痛が時間が経つにつれて激しくなる。心の中の拭いきれない悲しみと、痛みと、苦しみから、何もかもを忘れたくなる。名称し難いのだ、自分でもこの気持ちがなんなのか分からないのだ。
「お姉ちゃん。どうしたの? お姉ちゃんの体に妖力が流れていないから、悪霊や他の陰陽師にどんな呪いを分からないんだよ。誰かと接触したの? でも……俺がずっと座席で座っていたから……妖力を持った人間となんてすれ違わなかったし……京都の町を探索していた時に狙われたのかな……。でも、そもそも京都の町に実力者はもういないはずだ。俺の目を盗んでお姉ちゃんに遅効性の呪いをかけられる奴なんて考えにくいけどなぁ」
ようやく耳に絶花の声が入ってきた。顎に右手を当てて、深く考え込むようなポーズを取っている。左手は頭をグシャグシャと掻きむしっている。私は声を震わせながら絶花に話しかけた。
「違うの……そうじゃないの……」
必死の私の反応に絶花が気がつき、私の両肩を勢いよく握り締めた。
「お姉ちゃん。心当たりがあるの? 誰にやられたの?」
「温羅が……私の夢の中に出て……きた……」
言葉を最後まで言えずに大きく咳き込んだ。喉にも痛みを感じる。決して病気の類ではないと思うのだが、私の精神的な披露によるものだと思う。
「温羅……そんな馬鹿な……。あいつは夢に出る能力もあるのか……。いや、確かに珍しい妖怪だけど、決して不可能じゃないんだ。中国から日本に渡った妖怪で『獏』って有名な妖怪がいる。悪夢を食べる妖怪だよ。実在する動物の由来になった妖怪。奴も似た能力の持ち主かもしれない。だけどまさか、直接に影響を与えるなんて。やっぱりあいつは悪しき妖怪だったか。桃太郎じゃないけど、もう一回懲らしめてやらないと!!」
「温羅は……死んだの。柵野眼に殺された……」
私のか細い声に絶花が驚愕する。
「殺されたって、それじゃあ、柵野眼がお姉ちゃんの夢の中に現れたってこと?」
「そうじゃない。私は今、夢の中で自分の過去の記憶を思い出している。陰陽師に消された記憶を。その中に若い時間軸の柵野眼がいるの。私と柵野眼は知り合いだったみたい。その若い眼が殺したの」




