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嘲笑

 一千年前ならこの温羅を封印を解くが駄目だということは簡単に分かる。しかし、今の彼は永遠に出られない監獄に一千年近く閉じ込められていた。それで人を殺した罪が消える訳でもないだろうが、執行猶予としては十分かもしれない。


 「拙者はこの場から出たい。この釜の中から抜け出したい。貴殿の式神として、悪霊退治に一役買おう。これからは労働を強いるという形で拘留すればいい。そうは思わないか?」


 自分から罰の軽減を語るあたり反省しているか疑問に思う次第だが、確かに今の私には戦力は少しでも欲しい限りだ。柵野眼を撃退するために、温羅を式神にすることで、一歩前進するかもしれない。


 「そうだね。考える余地はあるかも」


 「妖怪は死ねない。いくら退治されようと必ず復活する。復活が何千年後になるかは分からないが。妖怪は不死身なのだ。拙者にしたって、首を切り落とされても死にはしなかった。最後は『退治』ではなく『封印』という形になった。だから……苦しいのだ。話し相手もおらず、体も自由に動かない。これ以上の不自由はない。死ぬこともできない」


 時間と言う名前の拷問だな。昔の人が一千年前のことまで考えてはいなかっただろうが、まさかこのような地獄の報復をすることになろうとは。


 「暇を持て余すくらいなら……不幸な方がマシだ。拙者のような悪逆非道の鬼でも人様の役に立つ事をしたい。だから……」


 ★


 私の友だち、名前は真名子まなこ。彼女は昔私が遊びに行った町の女の子だった。どこにでもいる普通の女の子。優しくて、可愛くて、真面目で、素直で、真っ直ぐで、私の最高のお友達。


 「鬼だ」


 私は目を丸くした。声はでなくなっていた。そのあまりに驚くべき光景に。


 「駄目だよ、人の夢に出るなんて。ここは私と百花の大切な空間なのだから」

 

 彼女の短刀が温羅の腹を貫いた。完全に油断していた。この空間にまなこが現れるとは思わなかったから。いや、彼女は眼じゃない。私と全く同じ容姿をしているが年齢がおかしい。まるで私の成長のアルバムで見た幼い時の私の姿をしているのだから。


 「貴様……どこから沸いた……」


 「この夢は彼女の記憶の中だよ。記憶の中っていう極めて不可解な場所に整合性を求めてはいけない。ここはどんな世界よりもパラドックスなのだから」


 頭の中で能力による説明が繋がった。なぜ、彼女が『変身』という能力を手に入れたのか。彼女は……この温羅からダウンロードした……。今、この場所で。


 「嘘つきだね。反省しただなんて。一千年前の吉備津彦との戦いで、妖怪ではなく悪霊となり下がったお前が。当時は妖怪と悪霊は同じような存在だった。レベル1と表現する悪霊は『人を殺した妖怪』のような扱いだったから。負のオーラに囚われた殺人鬼。それがお前だ。一度、陰陽師にけがれを払われたおかげで妖力は元に戻ったらしいが、その精神は歪みきっている」


 ……短剣に温羅が吸収されていく。彼女は……いったい……。


 「危うく騙される所だったね。私が助けに来なかったら危なかったんだよ」


 涼しい顔で私に嘲笑をみせる真名子。いや、幼少期時代の私の姿。


 「ぐあぁぁぁぁ、ぐぐぐ、ぐぁぁ。助け、助け、助けて」


 温羅は遂に絶叫を始めた。もがき苦しみうめき声をあげる。


 「助けない。幼女を餌に封印から逃れようとしたレベル1の悪霊如きが何を偉そうに救援を求めているの? 昔は悪霊というだけで恐怖されたけど、今の世代じゃお前ごとき、下っ端の下っ端だ。時代が違うんだよ」


 遂に短刀の中に4メートルもあった全身が、全て吸収されてしまった。


 「やっぱり私は柵野眼に会っている。陰陽師に消された記憶の中に真名子がいた。彼女は私の知っている過去の真名子だ。……過去の世界に現れた温羅から変身能力を奪ったから……『変身』の境地の能力者なんだ……」


 今を思えばあの幽霊列車をハイジャックした理由も想像がつく。窮奇を狂わせることが目的だったわけでも、私や絶花の旅を邪魔することが目的でもなかったのだ。


 私の電車に関わる記憶を呼び起こすため。これが奴の目的だ。人間の夢とは起きている時間と密接に関係する。寝ている時間にその日の記憶を脳が整理するのだ。だから奴は私の記憶に電車を刷り込んだ。私が夢で真名子と出会った『あの日』を思い出すように。そして、京都で温羅と出会う必然が起こった。


 私の生きている時間軸の柵野眼は、夢と過去を共存させている私を利用して、能力を開花させた。私は温羅と関わり、温羅は私の夢に出てくる。私の夢は過去の結果と繋がっている。真名子は私の夢の中で、同時に過去の時間軸で温羅を殺害する。そして、能力が完成し今の柵野眼が出来上がった。


 「私が占いなんてしなければ……こんなことには……」


 「この夢は私のお気に入り。あなたのお母さんと三人で遊園地に行った夢なの。テーマパークにしては、人気のない田舎じみた所だけど。休日はもっと賑わうのよ。今日は平日だからあんまりだけどさ」


 「私が……私が……真名子を……眼に……」


 彼女がにっこり笑った。


 「違うよ。真名子はあなたよ」


 ★


 「お姉ちゃん、お姉ちゃん。アラートが鳴ったなら起きてよ。もうすぐ駅から降りるよ」

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