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饅頭

 店員は気まずそうな顔をしていた。まさかこんな結果になるとは思わなかったのだろう。悪気は無かっただろうに、こっちが申し訳ない気持ちでいっぱいだ。いつの間にか喫煙ややめており、特有のエプロンに着替えていた。


 「私……悪霊に追われているんです。それも飛び切り危険な奴に。でも今は本部はあんな調子ですから、まともな対策も出来なくて……」


 「そっか……そいつは悪いことをした。すまないな、お姉さん」


 「いいえ。まだどうなるとも決まった訳ではないですから」


 私にはまだ希望がある。自分の命を諦める段階ではない。私はむしろ陰陽師からしてみれば恵まれているのだ。性格に難はあるが優秀な弟、中国最強クラスの妖怪、そして自分の体にある正体不明の力。もしかしたら、運命を変えられるかもしれない。私が柵野眼から殺害される未来を。


 「お姉ちゃん。そろそろ店をでよう。お腹減ってきたよ」


 と、言いつつもちゃっかり購入したばかりの八ツ橋の全七種類の全てを夷らげている。空箱が地面に散乱していた。私一つしか食べていないぞ、と言いたかったが……ツッコミを入れる気力がなかった。それだけお菓子を食べたら、もう空腹は満たされているはずだろうに。甘党の胃袋の構造は分からない。


 「お買い上げありがとうございました。また、京都に寄ったら遊びにおいでよ。今度はもっと縁起の良い物を用意しておくからさ」


 「……はい」


 その二度目が私に訪れるかが問題なのだが。それに私はそんなに長い期間、陰陽師と関わる気はない。柵野眼との決着がついたらそこまでだと考えている。だから……また来てくれと言われても……と複雑な心境なのだが。陰陽師が馴れ合いや繋がりを求めてはいけない、という原則は崩れた今はこういうやり取りが主流になってくるのだろうか。


 私と絶花は店側に向かい一礼した。暖簾のれんを捲くりあげ外に出ようとする時に、不意に店員からこんな言葉が聞こえた。


 「そう言えば……温羅うらにはもう一つ能力があったような……。確か『夢に出る』っていう超能力が」


 私は振り返る。夢に出る? その言葉を深く考えようとする前に、絶花が私の腕を握って歩き出した。ここで思考を止めるべきではなかった。店に引き返してでも対処案を練るべきだった。


 日が沈むまで弟に付き合わされた。陰陽師御用達の店を出てからは特に変わった事は起きず。呑気な買い物の時間だった。絶花が店に入っては団子だの饅頭だの和菓子だのを食べて、目を細めて幸せそうな顔をしているのを、『よく食べるなぁ~』と思いつつ眺めていた。


 口に甘味を放り込み過ぎで喉に詰まらせて咳をする。慌ててお茶を差し出すと、すぐさま口に流し込み、『ニゲぇ』と涙ながらに机を叩いて抗議する。お茶の苦さとお菓子の甘さ、お互いが強調し合い両方を楽しむものだ。なんて絶花にはいらぬ説法だったらしい。


 私も馬鹿な弟を持った。気遣いが出来るわけでも、常識があるわけでもない。なにか人様の自慢できる成績のある奴でもない。それなのに……普通の中学生なら『姉』なんて存在は嫌煙するはずなのに。こっちは素っ気ない態度を取っているのに。どうしてか、一緒にいる。


 行動を起こす時には必ず私の袖を引っ張る。危機に陥れば私を守ろうとする。別に絶花は優しい性格ではない。敵だと判断した人間には極めて容赦がない。第三者にも太い態度を取り、礼節正しい姿とは程遠い。なのに私には依存する。


 甘えているのか。それとも家族という存在に困惑しているのか。寂しさからくるのか、もどかしさからくるのか。他人の心などいくら思考しても結論など出ないが、とにかく絶花は私を特別視している。


 繋がりを求めない陰陽師。だからこそ、たった一つの繋がりを守るのか。


 「絶花。私は誤解していたよ。絶花は人に対して冷たい人間だと思っていた。でもそうじゃない。本当は寂しいだけだよね」


 なんで私がこんな恥ずかしい台詞が言えるかというと、絶花は電車の中で爆睡しているのである。向かい合って座っているので、寝顔がよく見える。またお菓子の塵を散乱させて、口をあけながら天を見るように寝ている。人の目線を気にせずに。夕方の時間帯の割に利用人が少なくて助かった。休日だからだろうか。


 本来ならば『行き』同様にVIP席とは言わないまでの個室の新幹線に乗れるはずだったのだが、それは緑画高校の策略だった為に、その作戦が無くなった帰りの便まであの待遇は受けられない。仕方がないので一般車両でトボトボと帰宅している。


 結局、自分へのお土産と称して、沢山のお菓子を購入している。両腕に抱えきれない程の高級お菓子の袋を引っさげて、それを椅子と自分の体でプレスしている。いくつか潰れているんじゃないか、と思うが本人がむなしいだけなので黙っている。


 好きなお菓子を山ほど食べられてさぞ満足だったのだろう。嬉しそうな顔を浮かべていた。こう見ると、ただの生意気な中学生にしか見えない。陰陽師だと意識しなければどこにでもいる子供だ。


 「あんなに喜ぶなら……お菓子でも作ってみるかな」


 なんてボヤきながらも私にも睡魔が襲いかかる。一日中、京都の町を歩き続けて疲労は溜まっていた。目をこする度に視界が朦朧とする。スマホに駅に到着予定時間の五分前にアラートが鳴るように設定すると、私も夢の中の世界へ入ってしまった。


 ★


 「さぁ、占いの続きだ」


 

出雲いずもがテーマ地なので絶花と百花の出身は『島根県』になるのかな

新幹線とか電車とかで京都から何分くらいなんだろ


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