花束
長きに渡るお経が終わった。霊媒師はこっちを向いて、親族に向かいお辞儀する。終わったのか、いや無事に終わったのは私には良かったことだが、弟にとっては良い事じゃないだろう。悪霊を炙り出さなければ、作戦の意味がない。それと、折角の寄せ集めた観客に、これでは申し訳が立たないだろう。
「は~い。皆さま、お疲れ様でした~。いかがだったですか~?」
今迄どこにいるのか分からなかった弟は、平然といつの間に姿を現して、霊媒師の横に座った。にっこりして、微笑ましい顔をしている。あれは本性ではない、嘘つきがする愛想笑いだ。
「この死後婚によりめでたくお二人は結ばれました。これからも末永くお幸せにあられますことを、心よりお祈り申し上げます」
不謹慎や野郎だと思いつつも、お互いの親族のお方が喜んでいる風だったので、そっち方面のアフターケアは良かったと思える。問題は我々の側だ。
「はーい。それではこれよりブーケを渡す儀式に参りたいと思います」
おい、それって日本の文化じゃないぞ!! ウエディングブーケをなんだと思っていやがる、この催しが嘘っぱちだと宣言しているだけではないか。
「おい、これって大丈夫なのか?」
折り畳み傘は冷静な声で返答した。
「いえ、そもそも伝承が間違っています。花束を投げて次の結婚者を占うなんて風習は、誰かが作り出したマヤカシの物語です」
そうだったのか。科学的な根拠がないのは分かるが、まさか作り話だったとは。チョコレートの売上をあげる為に、お菓子の会社がバレンタインデーを作ったみたいな設定と同じ感じか。
「確かに真っ白なヒラヒラの衣装を着るのは、外国の風習かと思いますが。ブーケを投げる事は、風習すらない物なのです」
……でも、ここにきた客はそれを納得してくれるだろうか。私のように間違ったイメージを持っている人が大半だろう。そんな人たちに言い訳がましく説明するつもりだろうか。
いや、私の予想に反して受けがいいぞ。なんというか、ここに来た連中は、それなりに神頼みというか、『マユツバ』を信じている。いや、縋っているレベルの存在が多い。それほどまでに現実に打ちのめされたのだろう。だから、これが儀式ですと言ってしまえば、信じるしかないのだろう。大学生のサークル連中や、楽しいだけのイベントでやって来た連中には満足いく面白い催しなのかもしれない。
「これは……いいのか?」
なぜか弟が花束を持ち上げて、ゲスト席までやってきた。背伸びをして、つま先立ちして、高らかに花束を見せつけている。振り回して、全てのゲストに見えるようにして。
「さすがは我が主です。作戦の為なら手段を選びませんね」
「私は弟が作戦のプランを根本から間違っていると思うのよ」
なんなのだ、この無駄な一体感は。全員が餌に釣られるペットのように、顔を振って花束を振り回す方法へと、首を動かしている。弟が特有の嫌な顔をしている。悪意を持った顔だ、何か悪いことを企んでいる奴の顔だ。
「さぁ、皆さま!! ご起立ください!!」
連中は躊躇なく立ち上がった、一人だけ座るのは恥かしいので私も立ち上がる。
「結婚式はどこへ行った……」
前で泣いてらっしゃる親族にも申し訳ない気がしてきた。こんな馬鹿みたいな演出をしてしまって。馬鹿弟よ、早くそのアイテムを投げてしまえ。こんな所で時間をかけるな。全てが丸く収まる時に、事態を治めるのだ。
「じゃあ投げますよ!! ゲストの皆さま!! ご準備はよろしいですかぁ!!」
やつめ、わざわざ見よう見真似の野球のピッチャーの投球ホームをしている。そんな格好で投げるものじゃないよ。いいから変な事はするなって。
「そ~れぇ~」
本当に投げやがった。宙を舞う花束。それを目指して突進する恋愛未経験のお兄様がた、または、おじさま方。って、なんでだろう。私の目線へと楕円状に基線を描いているような気が……まさか、私を狙ったのか……。
特に大きく動いた訳ではない。私は最後まで直立不動であった。それなのに何の幸運だろうか。花束はまるで吸い込まれるように、私の腕の中に収まったのである。
「あれ……?」
一瞬は何が起きたのか分からなかったので、変な声を出してしまった。私がブーケを手にしてしまっていいのだろうか。私は弟の仕事を拝見しようと立ち寄っただけの暇人である。そんな本気で結婚を願っていない私が、これを手にしてしまっては……。
分かったぞ、こいつは私を利用して信憑性を消す気なのだ。もしゲストの誰かに手に渡ってしまえば、もし恋愛が成就しなかった場合に、特有のクレームが来る可能性がある。それを回避する為に、私に向かって投げた。私なら話を合わせればいいから。
「あの野郎……」
「おめでとうございます!! そこの女子高校生のあなた!! 是非、良い人を見つけてくださいね!!」
わざとらしい台詞だ。腹立たしいが、ここはこの場の空気に合わせて我慢してやろう。帰ったら、好き放題に文句を言わせて貰う。ゲストの連中が嬉しそうな目で見ている。最後まで騙されているのだな。