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小道

 「ててて天気予報をお伝えしますぞ。明日は~~~」


 釜なのにポーッという、湯をわかすときに鳴くような音をたてた。


 「おい、喋るなら最後まで言えよ!!」


 「明日は雨だってことさ。お姉ちゃん」


 口などついておらず、どこから声が出たかも分からないが、確かに透き通った男性の声が聞こえた。仰々しい真紫の座布団の上の、この釜から発せられた音だとは分かるのだが、どうにも違和感を感じる。


 「鳴釜は天気を占うことが出来るんだよ」


 鬼が中に封印されている割には随分と便利な妖怪である。どうして霊界でもないこんな京都の観光名所のお土産屋にいるのか定かではないが。このお店、結界でも張っているのか、奇抜な品揃えで中々のいろどりなのに客がいない。


 「客がいないのは、どうやらこの店全体に人払いが貼られてあるからだ」


 絶花が指差す向こうには、店の入口付近の壁に御札が貼り付けられてある。どうりでさっきの天気予報とやらに外の人間が気がつかないわけだ。喋る釜など中高生が見たら不思議がるだろうに。


 「こんなに開放的な店なのに、人がいないなんて。たぶん、音も外に漏れていない」


 「結界じゃなくて人払いの効果だね。そこに店があろうとも視認できない。人間は目で見た情報の全てを脳に送っているわけじゃない。っていう生物学的学術を、陰陽師の妖力で肥大させているの」


 解説されても分からないのだが。とにかく私の不用意な行動でマズイ事態になったのは分かった。人払いなんて一般人に聞かれたくない話をする為に決まっている。私たちをここに誘き出して、袋叩きにする作戦か。絶花も私に釣られて店内に入ってしまった。これは……閉じ込められた……。


 「いや、お姉ちゃん。別に閉じ込められたわけじゃないよ」


 ついさっきまで私の傍にいた絶花が店の外の小道へと出ていた。確かに誘き出すにしては、作戦じみていない。ならばこの人払いはなに?


 「あれ? お客さん? ってことは陰陽師のひと?」


 私が手を顎に当てて考えていると、不意に肩を叩かれた。恐る恐る振り返って見ると、そこには真っ黒な整理されていない髭が特徴で、チリチリの髪の毛、異様な高身長。涼しげなタンクトップに、左手には真っ赤な卓球のラケットの絵柄の団扇を持っている。ここの店員か、物を売る格好には見えないが。


 「えっと……はい」


 「どうして表の世界に陰陽師御用達の店がある? さてはお前……」


 絶花が目を細めて疑り深い目線をしている。


 「そりゃあ霊界の京都は崩壊したから現界まで逃げてきたのさ。死ぬ前に嫁さんと息子を連れて。俺以外にもこの現界に避難した陰陽師は多いぞ。元は天下のお膝元。ここより安全な町は無かったわけだが。今じゃ誰も住めない災害跡地さ」

 

 そっか、無条件に皆殺しになったと聞いていたが、危機を察知して逃げることが出来た人たちもいるのか。


 「ならばどうして危機は去ったのに、霊界に戻らない。今じゃ出張してくる地方の陰陽師なんて1人もいない。いくら店構えが良くても、客なんて来ないだろう」


 「店のことを心配してくれるのかい? ありがたいねぇ」


 そういうと、クルっと後ろを向いてポケットからタバコとライターを取り出した。客が目の前にいるのに店員が店の中で喫煙とは、接客なめている。


 「あの血塗ちまみれの霊界に戻ったって商売は出来ないさ。金には困っているが、どこぞの高校生が必要もねぇはずの商品を大量買いしてくれるおかげで、崖っぷちってほどじゃねぇ」


 これで話が繋がった。その大量買いのお客は相良十次、今の陰陽師の党首様だ。きっと彼らは新政権に馴染んでおらず、素直に党首様に救援を求められないのだ。それを見越した彼が、生活費を配布する為にわざと買い物してみせている。


 「着物だの、化粧品だの。そんなの必要ないくせに」


 今まで自分が否定していた人間から受ける温情。心境が複雑になるのも分かる。タバコを吸いながら天を仰ぐように私から目線をそらした。


 「今までの党首様なんて、俺たちみたいな雑用をゴミとしか思っていなかった。前の党首なんて顔も見たことねぇ。それなのによぉ、毎日のように顔を出しやがる。あいつ……こっちが太い態度とっても、一歩も引きやしねぇ」


 やっぱり今の党首は優秀だ。ここまで気が配れる人間とは。店や住処を破壊されて、絶望のどん底に落ちた人間に、ちゃんと手を伸ばしている。それもなるべく傷つけずに。


 「その人……今の陰陽師の党首なんじゃ……」


 「知らねぇよ。名前も所属も名乗らないから」


 陰陽師の世界に助け合いや馴れ合いの風習はない。己の成すべき仕事を死ぬまで成し遂げるのみ。だが、世界は一変した。悪霊が強大化し、陰陽師機関の母体が瓦解。地方も整合を取れなくなり、混乱状態になった。助け合いが求められる世の中に変わりつつある。だが、人間はそう簡単に変われない生き物だ。


 私の弟のように。


 絶花も苦しんでいる。理想と現実の狭間に。今までの『当たり前』の消失に。


 「折角のお客様だ。ちょっと、その釜で遊んでいかないか?」

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