匿名
やはり絶花は空気を読まない。相手がこの陰陽師の世の中を破壊した奴だから、絶花にとっては仇敵だ。だが、だからこそ、ここは黙っているべきだ。相手の力量が分からないうちから大きい態度を取らないほうがいい。折角なあなあで終わりそうな空気だったのに。
「なに?」
理事長は動じない。営業スマイルで物怖じせず、この空気を物ともせず、絶花へ尋ねた。
「お前……妖怪と仲良くするなんて言って、新しい宗教でも設立しようとしているらしいじゃないか。これは厳罰に処される禁忌だ。分かっているのか?」
絶花の右手が腰に挿してある折りたたみ傘を握った。警戒体制に入っている、いつでも攻撃できるように。ドーナツ貰った恩師に向かってなんてことを、まあそこは『それとこれとは話が別』なのだろうが。
「君は反対だったね。人は馴れ馴れしくするから絶望を生む。今の日本が繋がりを拡散的に求めたから、以前には無かった弊害が生じた。いじめ、自殺、不登校。友達を多く求めようとするから、それからはみ出した人間が苦労する。総じて悪霊が強化された。君の意見は私共としてもとても参考になったよ」
陰陽師は一般人と深く関わってはいけない。学校では目立たなく生活して、繋がりを多く持ってはいけない。妖怪を式神として、押さえ込むために奴隷化する。差別をすることで優劣をつける。それが昔のスタイルだった。
しかし、陰陽師のみが在籍する学校が出来れば、少なくとも自分を偽って、その身を隠して生活する必要がなくなる。妖怪と仲良くすれば、新しい今までになかった真の力が芽生えるかもしれない。押さえ込むのではなく、理解し合う。それが理事長の掲げる新しい陰陽師の姿だ。
「君は『教育学』の勉強が足らないようだ。どうして人は『いじめ』や『仲間はずれ』をすると思う? 自分に自信がないからさ。自分が素晴らしい人間じゃないから他人を落として優位に立つしかない。それがいじめの正体だ。よく言うだろ? いじめている側には自覚がないって。そりゃそうだ、お兄さんに言わせれば、いじめは防衛行為なのだから」
「確かに俺たちは自分の身を守る為に妖怪を貶している。だが、それは身の危険が本当にあるからだ。学校現場と一緒にしないで貰おうか。相手は人間じゃないんだぜ」
「怖いんだ。妖怪が」
絶花の言っていることは間違っているとは思わない。確かに妖怪は怖い存在だ。私だって目目連を見た時は失神しそうになったし、それ以外の妖怪だって凄く怖かった。人を殺したことがある妖怪だって少なからずはいるはず。怖がってはならないという方が無謀だ。
でも、理事長が言っていることが間違っているとも思わない。いじめの解決方法は、被害者と加害者が両方とも強くなることだ。意味のない優劣をつけることよりも、もっと高みを目指す人間になることだ。絶花の思想は正しいかもしれないが、これでは誰もが不幸だ。妖怪も、式神も、陰陽師も、皆が不幸になる。
「馴れ馴れしくないから差別するんじゃないのか? 共感的理解を拒むから。歩み寄ろうとしないから。人種差別では、黒人と白人が歩み寄らないから戦争になった。『そういう考え方もあるよね』って考えをすれば、宗教差別なんて起こらない。男性と女性のパートナーシップがしっかりとすれば、それが社会的に浸透すれば、男女差別も起こらないよね?」
絶花が苦い顔をした。しばしの沈黙が続いた後に、絶花が異議申し立てが出来ないと悟り、また理事長が言葉を続けた。
「妖怪も陰陽師も進化の時を迎えたんだよ。人が繋がりを求めるのは、人間が弱い生き物だからだ。でも、繋がりを断ち切っても強くなんかなれない。いかに弱い自分と向き合うか。自分の弱さを認めるか」
妖怪を怖がっている自分の弱さを自覚する。虐げている自分が弱いことを自覚する。そこから強くなれる。虐めている加害者が、その弱さを認めることは必要……。陰陽師は妖怪を下に見ることで優越感を得たのかもしれない。それ以外に心を支える物が無かったから。だから格式張った規則を設けて自分たちを律してみせるのだ。自分を高貴な人間に見せるために。
「まあ、相手は妖怪だし、君の言うように簡単じゃないさ。だからお兄さんは相良君に規則と秩序をしっかりと建てて欲しいと思っている。その辺の折り合いも大切だと思っているさ。でも、今までのやり方では駄目だ。それは今のこの日本中の大騒動で分かるだろう。党首がいなくなった瞬間にこの有様だ。歴史は変わったんだ。流れに沿って変われない生き物は死んでいくんだよ」
絶花はいまだ言い返せないでいた。苦しそうに俯きながら、悲しそうに地面を見つめている。私はそっと絶花の肩に手を置いた。余計なお世話だと思うが、それでも私の弟が可哀想に思えた。
「私の傘下の学校にきなさい。陰陽師じゃないそこのお姉さんも。君たちを導こうとは思わない。思想とは多数あるべきだ。片寄った意見はいずれ亀裂を生む。だが、田舎で話し相手がいないと揉まれることも出来ないだろう。君たちは意見をぶつけ合って強くなるべきだ」




