大目
戦国時代に突入って面白い表現をする人だなぁ、って普通なら思うのだろうが、今回に関してはガチだ。地方の陰陽師は新政権反対として、または自分たちが新しい党首だと語って襲ってくるかもしれない。戦国の世を統べる新たな党首が必要だ。
気になる点がもう一つ。彼がさっき口にした『歴史』という言葉だ。今の日本の陰陽師の事情が極めて変わり目を迎えているのは分かる。だからこそ心に引っかかるのだ、柵野眼の『歴史の教科書になる』という発言が。
「で、俺一人で戦うのは無理がある。だからお前たち兄弟に俺の仲間第一号になって欲しい。この通りだ」
頭を深々と下げた。目を瞑って誠意を感じるように。
「私たちが助けに来て貰いに来たのに、なんか凄いことになったね」
「ふーむ。難しい案件ですな。意気込みは買いたいし、本音を言えば協力したい。でも……俺はともかくお姉ちゃんをそこまで巻き込むのはなぁ」
絶花は元より陰陽師であり、これから陰陽師としての就職が決まっているとすれば、この話に乗る選択肢もあるだろう。だが私は違う。特にこれと言った夢はないが、私は陰陽師ではない。全面戦争に突発的な正義感で関わっていいものか、悩むところではある。
「俺は戦うのは極力避けたいと思っている。俺が目標とするのは武力による争いではなく、いわば勢力争い。戦わずして勝つ陣取り合戦だ。俺たちに賛同してくれる陰陽師を徐々に増やしていって、勢力を拡大する。俺に圧倒的な力があれば、誰も俺とは戦おうと思わないだろ。俺たちの敵は悪霊だ、それを皆に再認識してもらうことが……」
★
1人の侵入者により、その言葉は最後まで言えなかった。
「おぉ、相良君。頑張っているねぇ、差し入れ持ってきたよ。お詫びも兼ねて」
部屋の中にとある男が乱入してきた。侵入者を知らせる家臣は、このお城には1人もいない。だからと言ってこんな古い造りの建物を歩けば物音がすると思うのだが、部屋の中に侵入するまで全く気がつかなかった。驚き様からして絶花や党首様も同じである。
「この野郎。その妖怪じみた真似はやめろって言っているだろうが、理事長」
「ごめん、ごめん。癖が治らなくて。はいこれドーナツ、美味しいよ」
理事長……緑画高校の理事長か。まさか目の敵のような男がこうも理由もなく、不自然に、私たちの前に姿を現すとは。どういう風の吹き回しだ。理事長はドーナツを差し出すと党首様は、少し照れそうに受け取った。食べたかったのか……。仕事続きで糖分を欲していたのだろうな。
スラっとした縦縞のスーツに緑色のネクタイ。髪は綺麗に七三分けに整えられいて、おっさんとは思えない気品の高さを醸し出している。かなりの高身長で足が長い。顔は微笑んでいて、穏やかさというか情の深さを感じる。見た目からはこの陰陽師の社会に変革を齎した革命家のイメージには程遠い、穏やかな先生のような風格だ。
「君たちにもドーナツだ、食べなさい」
絶花は口にしないだろう。絶花のこの理事長とは真逆の思想を持っている。妖怪と仲良くすることは、陰陽師の社会全体の害悪になると考えている。だから餌付けなんてプライドを崩す真似を受け入れることはしないはず……。
「男は黙ってフレンチクルーラー」
食べている……何の躊躇いもなく食いつきやがった……。それはもう勢いよく、その差し出した手から奪い取るように。絶花は極度の甘党、甘いものには目がないのだ。差し入れがドーナツという魅惑の品だったのは痛手だった。
「君はどれがいい?」
理事長は私にも箱を差し出した。二人も食べているならと取り敢えず手前の物をとって口に運んだ。美味しい……朝ごはん食べたばっかりだけど美味しい。
「君が苫鞠陰陽師機関所属の倉掛絶花君だね。そして君がそのお姉さんの倉掛百花さん。八番隊の皆から話は全て聞いたよ。彼らには二度とこんな真似をしないように言っておいた。他の生徒にもだ。こんな謝罪で許してくれるとは思わないが、若気の至りとしてここは大目に見て欲しい」
謝罪会見にでも来たのか。困惑する私をお構いなしに机に箱とバッグを置いて、腰を下ろし足を折り曲げ手を地面に添えて……土下座をした。私たちを追跡して仕留めたいという腹ではないようだが。まさかこんなにあっさりと頭を下げるなんて。
「彼らに変わって責任者たる私から改めて謝罪させて貰おう。申し訳ございませんでした」
呆気に取られていた。私はもうパニックである。成人男性から土下座をさせられたことなど生まれて一度もない。ドラマや漫画ではよく見るが、ここまで罪悪感が覚えるものなのか。
「頭をあげてください。私たちも過剰防衛で彼らを傷つけました。式神を何体か……それと……先駆舞踊さんが……」
「分かっている。まさか取り逃がしたレベル3の悪霊がいたとは。お兄さんの仲間が全力をあげてその柵野眼という悪霊を追っている。君たちには世話をかけさせない。この案件は責任をもって我々が与ろう」
悪霊退散……陰陽師の本文を弁えた発言。確かにこの人は人格者かもしれない。従来の陰陽師の考え方とは違う思想を持っているだけで。
「許して欲しいというなら、もっとドーナツを貢ぐがいい。それと……話はこれだけじゃないんだろ? 理事長先生」
絶花の卑屈そうな冷たい一言がこの場の空気を凍らせた。




