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長々

 祭典が開始するまで時間が少ない。あまり話し込んでいる時間はないのだが。


 「でも『縁結び』って不思議な気持ちになりますよね。神様が恋愛成就を手伝ってくれるなんて。しかも今回は石に触るとか、祈りを捧げるとかじゃなくて。もっと本格的なことをするのでしょう」


 「さぁ、私も詳しい話は聞いてませんから」


 これは嘘だ、しかしこの男との会話を断ち切るには、相手にしてはいけない。


 「おや、何か始まるようですね」


 大広間のような場所の扉が開いた。予定時間通り準備が整ったのだろう。これでようやく中に入れる。これでこの男から開放される。そう思って少し安堵しながら立ち上がった。すると、あろうことか、奴は立ち上がった瞬間に、私の左手を握ったのだ。


 「ひっ!!」


 慌てて怯えるように手を離す。強引だった、まさか図々しくも会って五分で手を繋ぐ所まで出来ると思ったのか。こんな場所で神頼みに恋愛をしようとする奴など、そんな初めから告白する勇気の無いであろう奴が、随分と容赦が無いではないのか。


 「あらら」


 謝罪の一言もない。失敗したという顔つきをするだけで、何か特に行動を起こすことはなかった。何か私の中に極めて嫌な感情が浮かんだ。


 「何をするんですか……」


 私は発した言葉に耳も傾けずさっさと行ってしまう。なんだったのだろうか、さっきの男は。急に接近してきたと思ったら、随分とあっさり離れていく。


 「おい、折り畳み傘。ちょっと耳を貸せ。あいつ、絶対に普通じゃないよな。お前はどう思う?」


 「………わかりかねます。ですがただの人間ではないでしょう。なにか途轍もない妖力を感じました」


 「悪霊なのかよ」


 「すいません。本当に分からないのです」


 ……これは弟に報告すべきだろうか。それとも黙って、今からでもこの危険な場所から逃げ出すべきだろうか。今なら引き返せる。この場から立ち去ればいいだけの話だ。


 「まあ、こんな危険な事態も想定しているのだろう。あの私の馬鹿弟は」


 あいつは甘党で無神経で他人を思いやれない屑野郎だが、態度だけは一人前だった。なんの保証もない、私はあいつを何も知らない。だが、信じようじゃないか。あの弟の根拠の分からない自信を。


 ★


 結婚式やお見合いと表現していたが、それは極めて楽しい物ではなかった。勿論なのだが実際の人物などお互いにいない。まるでいるべき場所にいない形で話が進んでいく。私はそれを観客席のような場所から、眺めるように見ていた。


 親族は涙を流しながら、誰もいない祭壇の前で座っている。そこには息子さんも、娘さんもいない。それなのに嬉しそうに咽び泣いているのだ。至極、気味が悪い。本当に悪霊となった子供とやらは姿を現しているのかだろうか? どうやって私の弟は、あの家族を騙した。なんと都合の良い言葉を言った……。


 気になるのは私の弟の姿が見えない事だ。確かあいつは霊媒師の仕事をすると言っていたが、親族の前でお経を読んでいるのは、別の人物なのだ。馬鹿弟はどこに行った……何をしている……どこにいる……。


 気持ち悪い、嫌な悪寒がする。この空間は異常だ、本当に結婚相手を探している人間はともかく、お祭り感覚でこの場に来た人間には、この空間は非常に苦痛であろう。なにかイチャイチャした催しではない。只の異質なお経を聞かされ、その前で家族が泣いているのだから。


 なのにまるでこの空間が誰かに支配されたかのように、悪い意味で安定している。真面目に話を聞く統一感が生まれ、その中で私だけが浮き彫りになるかのように孤立している気分だ。嫌気が指す、逃げ出せば良かった。別に暇とか、退屈とかそんな意味じゃない。本当に気持ち悪いのだ。


 「おい、この場にもう悪霊は来ているのか?」


 「はい。確実に悪霊の波長を確実に感じます。それも……二つ。どこにいるかまでは特定できませんが」


 「特定しろよ。なんでできないの?」


 「他の妖力が混ざっているのです。どうも混沌としていて、判別がつかないのです。悪霊の妖力と人間の妖力の波長は、本来的に根幹から違う物ですから、二つ並べたら判別できるのですが」


 せめてどこにいるかだけ分かったら、そこには近づかないようにして、安全を確保するのだが。まあ、私の腰にある折り畳み傘が分かるくらいなら、他の連中も気がついているだろう。それにしても、今更感があるのだが、悪霊共だがどうしてノコノコとこの場にやって来たのだろうか。殺される事くらい分かっているだろう。それとも私が思っているよりも、悪霊とはそんなに頭が悪いのだろうか。


 「奇妙な空間ですね。随分と長々と話をしていますが、まだ続くのでしょか」


 「私の弟はどこで仕掛けるつもりなのよ」


 もう私は逃げ出したくて堪らないのだ。それを我慢しているのだが、どうも苦しい。唇を噛んで、目を瞑って、歯を食いしばっている。耐えろ、耐えるんだ、私。この空間が永遠に続くということはないのだ。


 …………というか、どうして私だけ、この洗脳のような空間に飲み込まれないのだ?

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