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御膳

「…………おはよう」


 気分爽快とは言えない。悪夢を見ていたわけではないのだが、あんな中途半端な部分で、あの女の子が誰なのか分からず終わってしまった。もう少し寝ていれば、記憶をもっと思い出していたかもしれない。


 「お姉ちゃん。寝起きで不機嫌ですか?」


 「陰陽師から消された記憶を思い出しつつあるの。それが夢として頭に復活しつつあったから、邪魔しないで欲しかったの」


 「あぁ、俺のお母さんとの記憶か。いいじゃん。それ」


 あの列車の中での大激闘を終えた私と絶花は夜幢丸に連れられて、裏側の世界である霊界にそびえる御門城へと到着した。しかし、激戦の疲れから党首様との対談は明日へと延期となり、私と絶花は部屋を貸してもらった。旅館に泊まる感覚で気分が高揚したのも束の間だった。


 妖怪が御膳を運ぶ姿を見て食欲が撃滅し、お風呂は大浴槽ではなくシャワーだけだったことに脱力した。霊界の京都の街は崩壊したと絶花が言っていたが事実だったようだ。どうやらこのお城が出来たのはつい最近だったらしく、まだ人間のスタッフなどを雇えていないらしい。食事と寝床の用意はどうにかなったが、どうにも最新の風呂の事情は妖怪には専門外だったらしい。


 「本気で怖かったぞ。この妖怪だらけのお城で寝るの」


 まだ実家では妖怪と一緒にいても不安はある程度は緩和されていた。しかし、ここは完全に異界の地。しかも陰陽師機関の総司令部であり、霊界の本拠地。まさに妖怪だらけのお城。その辺のお化け屋敷よりもよっぽど怖い。


 「だから俺が一緒の部屋で寝てあげるって言ったじゃん」


 「それはもっと嫌だ」


 お前と一緒に寝るなど……そこまで気を許したつもりはない。


 「大丈夫だよ。ここにいる式神は人間に逆らったりしないから」


 「ストライキとか、暴動行為とかないの?」


 「御札に封じ込まれて封印されるのがオチだよ。それに、そんなに劣悪な環境にしていないし。今の段階でストライキを起こしても、何の旨みもないよ。こんな『ものけのから』のお城なんか。さぁ。朝ごはんを食べよう」


 陰陽師の本部の機能はまだ完全には回復していない。新しい党首を立てて、国とのパイプを再建し、簡易的であろうともお城も復活しても、それでもまだ地方は納得していないのが現状だ。ストライキを起こして陰陽師に反旗をひるがえそうにも、その陰陽師全体を牛耳っていない今の党首の寝首をかく事に意味など全くない。それよりも息を潜めておくほうが賢い。


 「なるほどね。あんた達も大変ね。ゴチャゴチャしていて」


 「うん。だから全国の陰陽師が俺みたいにキッパリと新政権を認めていくスタンスが復活すれば、また陰陽師機関は平穏を取り戻すんだけどね~」


 前の党首は認め、今の党首は認めない。どうにも裏がありそうだ。


 部屋で布団を片付けて、身の回りの整理をしていると、妖怪が朝食を持ってきてくれた。卵焼きに味付け海苔、白ご飯に焼き魚、こうしてみるととても美味しそうな和食ならではの朝食であるのだが、如何せん違和感を隠しきれない。その朝食を持っている奴の頭は……かまである。


 「これ……あなたがつくったの?」


 「お口に合えば恐縮なのですが」


 うん。美味しそうだ。昨日の夕食も味は完璧だったので、今度も間違いはないだろう。だが、私の隣にはとても悪質なクレーマーが存在するのだ。


 「おい。朝食はシロップたっぷりのパンケーキを二人前と指示したはずだ」


 「ひぃ、すみません」


 良かった、この変な妖怪が常識ある一般的思想の持ち主で。私の朝食まで砂糖まみれにされるところだった。


 「絶花。我慢しなさい。朝食を頂いているだけありがたいでしょ」


 「ちぃ。今日のところはこの辺で勘弁しておいてやる。お姉ちゃんに感謝しろ。禅釜尚ぜんふしょう


 禅釜尚ぜんふしょうというのか、この妖怪は。頭にかまであることを除けば人間と同じに見える。和尚さんが切るような着物を身につけている。今まで変な形の妖怪ばっかりだったので、少しホッコリする妖怪だ。


 「分かったらとっとと砂糖をもってこい」


 「ご飯や魚にまぶす気だろ、させないからな」


 「お姉ちゃん。人間の体は糖分がないと頭が働かないんだよ。ブドウ糖こそが、人間の思考力の全てを支えているのだよ」


 「はいはい。白ご飯にも入っているから問題ない。何度もよく噛んで食べなさい」


 禅釜尚はすぐにいなくなってしまい、また二人だけの空間になってしまった。絶花は凄く不味そうな顔をしながら頑張って料理を口に運んでいる。そんな彼を見て質問したくなった。


 お前はいつ生まれたのか? と。


 無礼千万で不謹慎で軽率な質問だ。絶花の心を傷つける可能性が否定できない、それが分かっているから声に出せない。だが、私の心は解答を欲しがっている。私の記憶が戻れば、いずれ遅かれ早かれ絶花の正体にはたどり着くだろう。その前に安心感が欲しかった。


 だが、やはり悩むところだ。絶花がいかに馬が合わなくて、気が合わない弟だったとしても、必要以上に彼を傷つけることへの免罪符にはならない。絶花だって顔に出さなくて、声に出さないだけで、きっとどこかを我慢して、どこかで苦しんでいるのだろう。だから必要以上に私にコンタクトを求めるのだ。


 だから……聞けない。 

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