重力
「おい、お姉ちゃん。ちょっと待て!! 俺も自律飛行手段がない!!」
「え?」
そんなことを急に言われても、もう止まらないのである。暗雲漂う真っ赤に染まる天空に、御札を大きく掲げてしまった。そこから眩い光が飛び散り、まるでワープするかのように目の前に巨大な四足歩行の龍が姿を現した。
そして……。
「だから俺、重力に逆らえないってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
真っ逆さまに地面へと付き落ちていった。妖怪っていえば空を飛ぶことなど簡単だと思っていた。特に空を飛べない龍なんて聞いたことがない。日本海にて化け鯨と戦ったのだから、泳ぎは得意なのだろう。だから、泳げるなら飛べる、みたいな感覚が私の中にあった。
「あいつ……本当に役にたたない……」
「お姉ちゃんの突発的正義感を見事に打ち砕いたね。俺としてはいい仕事してくれたって言いたいけどさ」
「落下して死ぬとかないと思うけど、一応は御札の中に戻しておこう」
さっきまで心も体も凄く高揚して、人助けに堪らない使命感を感じていたのに……。拍子抜けしたというか、一気に冷めたというか、心の中にポッカリと穴が空いた気分だ。
「すまねぇ。俺は翼を持って生まれてこなかったんだ……」
「もう黙っていろ。役立たず」
「お姉ちゃん。凄く不満そうな顔をしている」
「絶花。お願いだから……あの人たちも助けてあげて。このままここで亡くなるのは、戸籍とか住民票的にもマズイでしょ」
「大丈夫。陰陽師には記憶操作とか消去っていう素敵なマジックがあるから。世間様を騒がせるような真似はしないよ」
「絶花!! お姉ちゃんのいうことを聞いて!! いくら主義思想が違う人でも、殺そうとした相手でも、助けられる命を見捨てるのは駄目!! 陰陽師の常識とか私は知らない!! でも人殺しは絶対に正しくない!!」
絶花が凄く不満そうな顔をした。俺が殺すわけじゃない、勝手に落下して死ぬだけだろう。まるで殺人犯みたいな言い方しやがって。そんなことを考えているのだろう。だが、絶花は中学生だ。ここは私が折れてはいけない。
「まぁ……いっか。党首様に差し出して処分を任せる判断にしよう。ここで助けた方が俺の株があがるでしょうな……」
折れた……私のいうことを聞いてくれた。不貞腐れながらも、未練タラタラでも、内心は納得していなくても、それでも私の判断に合わせてくれた。
「ありがとう。絶花」
「チェッ」
★
空中でも窮奇と夜幢丸との戦いは続いている。両者の戦闘力は互角ではない。妖力の合計値は分からないが、図体では明らかに夜幢丸が上手。更に、姿は見えないが、陰陽師と共に戦っているならば、やはり夜幢丸の方が有利だろう。特に窮奇は封印から解けて間もない。本調子が出せるとは思えない。更にいえば、あの列車を破壊した一刀両断の不意打ちのダメージが大きかった。




