充血
違う。
あいつは仲間のことなんか大切に思っていない。陰陽師の未来などに懸念はない。世界平和など興味はない。自分のことしか見えていない。嘘も方便という言葉があるように、人間は嘘をつくことで幸せになれる。嘘をつくことで誰かを守れる。虚勢を張って生きてきたのだろう。今まで自分を守るために。自分を優位にたたせるために。世間を上手く渡っていくために。誰よりも上手く。きっと今までは上手く隠し通せていたのだろう。
「お前……その式神はやっぱり鎌鼬じゃないな」
「いいえ、いいえ、いいえ、いいえ」
奴の目が真紅に充血した。吐血するのではなく、溜め込むように。全身の血を沸騰させて、煮えたぎらせるように。
「やっぱりあいつだ。人食い虎。中国の最強の悪神の一体。『四凶』のひとり」
日本にも確か日本三大悪妖怪という歴戦の猛者がいた。それの中国版の奴が姿を現している。蒲牢が式神となり、彼の震える鼓動が確かに感じ取れる。まさに……状況は最悪……。
「生花はとても真面目な性格なんだ(鬱陶しい)、ピアノはとても勇敢なんだ(目障りだ)、習字はとっても陽気なんだ(正直に言って迷惑)、茶道はとても優しいんだ(そこが嫌いなんだ)、俺はこんな立派な小隊を持てて光栄だ(俺は俺自身が大っきらいだ)」
「この嘘つき」
「あぁ、俺は生粋の嘘つきだ」
鎌の矛先が方向転換した。今まで絶花を目掛けて縦横と振り回されていたのに、今度は明らかに主人の命令を無視して、いやむしろ逆らって、振るっていた先駆舞踊の本人の頭部へと降り立った。
切り込んだのではない、まるで大きい口を開けて、そのまま丸呑みにした。
★
「「「食ったっ」」」
その場にいた全員に旋律がはしった。声がでない、無残を通り越して……あまりに理解不能。
先程までの鎌鼬の姿などどこにもいない。そこにいた妖怪は翼を持った巨大な虎。そうとしか表現できない。一般的な虎のサイズなど記憶にないのだが、この電車の車両を窮屈にしているところから見て、明らかに異常な大きさだ。
「奴は我との契約を破った。自分が『嘘つき』であることを認めた。悪党が成り下がった。正しさを持つものを殺した」
なにを言っているのか、ちょっとよく分からないが、この虎が常軌を逸しているのだけは分かる。倒せない、絶対に無理だ。恐怖感で頭が真っ白になった。その時に御札の中から必死に叫ぶ蒲牢の声が聞こえる。まさに……この妖怪の概要だろう。
私はその名前を発した。
「四凶の一体、窮奇」
「いかにも」




