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烏帽子

 弟が際どい目をした。意見がコロコロ変わる私を軽蔑したのか。信用性が無いと判断して、呆れ果てたのか。


 「……お姉ちゃん。そういう人だったんだ。もしかしたら俺よりも陰陽師に向いているかもね。精神は」


 「はぁ?」


 よく分からないが、弟はうんうんと頷いて、そのまま布団の中にまで頭を入れて潜ってしまった。


 「いいよ。おいでよ、お姉ちゃん。悪霊の結婚式に」


 ★


 早朝、私の不機嫌は限界を超える勢いだった。父親が仕事で朝早く出て行き、私を含めて三人で朝ごはんを食べるのだが。居間の卓袱台に座った弟は、折角に私が作った朝ごはんを食べずに(母親を絶対にキッチンに入れないので)、チョコレートケーキに砂糖を塗して食べているのは、もうこの三日で慣れた。しかし、気に入らない事が増えている。


 服装が時代劇に出てくるような陰陽師の格好そのものだ。『狩衣かりぎぬ』という平安貴族の着物を身に纏っている。色は真緑で、格好だけは陰陽師みたいだ。あの烏帽子えぼしと呼ばれる、円筒形の黒漆を塗った紙製の奇妙な被り物をしている。机の上には何故か扇子が置いてある。今日の仕事に使うのか。


 ………食べてから着ろよ、汚れているんだよ。こぼした砂糖で。


 「お姉ちゃん。チョコレートケーキ、おかわり」


 「箸と茶碗でケーキ食べるの止めてよ。ミスマッチなんだよ」


 そう言いつつも、取り敢えずケーキを茶碗の上に置いてあげる。これで付け上がらなければいいが。今日はこいつの機嫌を損ねるわけにはいかない。私もこいつと同行するのだから。


 弟は狩衣をあんなに雑に服を使っているが、今日の悪霊との戦闘で使う大事な防具ではないのか。元は平安貴族が鷹を狩る為の服装だったはず、見た目よりも動き易いと聞いた。そんな戦闘服を……遂にケーキごと落としやがった、それを摘んで食べやがった。箸の意味は?


 「お前、そんなグタグタでいいのかよ。陰陽師って『神職』だろ」


 「神職も金次第さ。慈善事業だと思ったら、大間違いなんだよ。機関の崩壊した今は、清楚な格好をしろって命令する奴もいないって」


 「仲間がいるって言っていたじゃん」


 「あぁ。その言葉には語弊ごへいがあったね。正確には『舎弟』だよ」


 私の弟は今まで陰陽師の世界でどんな権力者だったのだ? でも母親が黙って息子の愚行を見過ごしている所を見ると、こいつは私以外の人間にも態度がでかいのだろう。よくこんなに図々しい性格で、機関とやらから追い出されなかったな。


 「それでも、その悪霊の親族の人は来るんでしょ。その人達には文句のない姿をしなきゃいけないでしょ」


 「俺ってその親族にとって、崇高なる陰陽師なんだよ。感謝しかされないさ。その親族から頂ける今回の依頼料は、数万円程度なんだ。勿論、恋愛成就に来た連中からは、入場料の600円くらいしか取らないし。あとはグッズがいくら売れるかだな」


 もう悪霊討伐とは関係ない所で、かなり儲けている気がするのは私だけだろうか。


 「ちょっと待って。昨日の段階から気になっていたけど、親族がいる前でその恋愛成就に来た連中をなんて表現するの? その人たちがもし粗相をしたら、親族の人は怒らない?」


 「大丈夫、連中の『結婚への飢え』は本物だ。俺の誘導に従わせる。下手な真似はしないさ。これは葬式じゃなくて、結婚式だぞ。華々しくギャラリーがいて、祝福してくれる人が多い程、いいに決まっているでしょ」


 果たしてこいつが思っているように物事は運ぶのだろうか。


 「お姉ちゃんからは入場料を取らないから安心して。家族サービス。しっかり恋愛成就へ向けて邁進してよ。まあ、そっちの方は完全にデマだけど」


 だろうな。結婚式と縁結えんむすびが両立するとは思えない。結婚式は事実だろうが、縁結びの方が確実に嘘っぱちだろう。神様は信じる者しか救わないというから、もしかしたら思わぬ別の方面で、効果があるかもしれないが。


 「護身用にあの折り畳み傘は持っていってね」


 「言われなくてもそうするさ。こっちも悪霊に呪い殺されるなんて御免だしな」


 ガンを飛ばしてみる。こいつの作戦はプロットは完璧に見えるが、どう見ても穴だらけだ。まだ突っ込みたい気持ちは山々だが、ここは黙っていた方がいい。全てを本音で言うとは思えないからだ。こいつの頭の中にはきっとまだ作戦がある。


 弟よ、お前は何を考えている。今度は何をして人々を困らせる気だ。私は確かにこいつと疎遠でいたいと思う気持ちがある。しかし、それ以上にこの馬鹿のせいで関係ない一般人が傷つくのは了承できない。腐っていても家族だ、守るべき物は守らねばならない。


 「お母さんは来るの?」


 「いいえ、私は別の仕事を探します、絶花ちゃんには私なんて必要ないだろうし」


 中学生の息子相手にここまで引け目を感じる必要があるだろうか。ガツンと文句を言えばいいのに。


 「そうそう。お母さんは今回の作戦にはこないよ。討伐メンバーは揃っているからお母さんはいらない」


 この餓鬼……。調子に乗るのも大概にしろ。


 「お前、それでも息子か。お母さんにその態度はなんだよ。中学生特有の反抗期が家族にどれだけ迷惑がかかるのか、分かっているのか!!」


 「だから……今回の仕事は失敗する確率があるから。お母さんを巻き込まないでいるだろ」


 ……私は巻き込んでいるよな……。

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