刃物
絶花はすぐに腰の折りたたみ傘を居合い切りするモーションに入る。鎌鼬の能力を考えるならば、こっちが気づく前に素早い攻撃が飛んでくるはずだ。絶対先制権を持っていた絵之木ピアノのように、こっちが必ず後手に回るかもしれない。それを防ぐためには、奴の思考よりも先に攻撃を仕掛けるしかない。なにか注意を惹きつけられればいいが……。
「さぁ、鎌鼬! 奴の折りたたみ傘を使い物にならなくしてやれ」
私の視界から鼬が消えた。まるで旋風に紛れるように、小さな体を一回転させると同時に空気の中に溶け込んだのだ。
「絶花!」
「分かっているって。いつ皮膚を切られてもおかしくないって言いたいんでしょ。でもねぇ、俺はそんな安直で単純な小細工には引っかからないよ。それで隠れているつもりか?」
先手を取ったのは、なんと鈍速であったはずの絶花だった。見えないだろう鼬を、さも分かっていたかのようにひと振りでで弾き落とした。そのまま『ギャッ!』という可愛らしい声をあげて、地面から姿を現す。
「なっ、どうして……」
驚いた顔を見せる先駆舞踊に対し、絶花が面倒な顔をして人差し指を向けた。
「お前の目線が動くのを見ていた。少なくともお前は俺の上半身を視認している。そして、鎌鼬は世の一般的に知られているほど、切れ味抜群の鎌を持っていない。あんな小さな刃物で人間の骨まで切り落とせない。そこで考えられるのは……俺の視界、つまりはまず『目』を狙ってくると思った。だから前方を全力でスイングしたら、まんまと当たったってだけ」
「ぐっ……」
そうなのか。確かに刃物の劣化というものは激しい。鎌鼬のような神獣の持つ刃物は知らないが、包丁も鋏も日本刀も結局は消耗品だ。刃物は使うたびに目に見えない傷がついていく。そして使い物にならなくなる。カミソリを一回で捨てるのもそれが原因。
「人を切れば血飛沫と共に『油』がつく。そこからどんどん錆びていく。切れ味はどんどん悪くなる。鎌鼬の伝承でも少し切り傷をつけたっていう噂のほうが多いんだよね。絶命まで至らせた件はデマが多い」
「くっ、鎌鼬単体では切れ味がたかが知れていることを見抜いていたからこその、大きい態度だったわけか」
「いや、お前の妖力も混ざり合っていただろうから、そんなに油断していなかったよ。だから切られる前に撃ち落としたじゃん」
絶花は正確な根暗だ。あまり人を会話をするのが得意ではなく、一歩引いた目線から物事を見ている。あの観察眼はそんな絶花の卑屈さが齎した賜物だろう。
いつのまにか、鎌鼬は舞踊の肩の上に避難していた。やはり俊敏な奴だ。
「あんな単純な突進で倒せる相手じゃないって分かっているでしょ。早めに本気出したほうがいいと思うけど?」
「ふふ。そうだね、それじゃあ……鎌鼬、『鬼神装甲』!!!」




