語彙
そんなことをお願いされても私にはどうしようもないのだが。
「俺はお姉ちゃんの言うことなら聞くよ。ある程度ならね。あの虎坂って野郎は取り敢えずはボコボコにした。気絶して起き上がってこないだろうから、もう放っておいていいから。それで手打ちにしてあげる。おそらく俺はお姉ちゃんの鶴の一声でこの感情が収まるだろう。でも…………お前が今俺の言ったことを再現しなかったら…………」
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死んだ、あっさり自殺した。鬼とは義理堅い生き物だとは知らなかった。まるで私の弟に翻弄されるように、なにも生み出せず消えていった。最後に私に懇願するその声は弱々しくて女々しくて虚しくて、まるでこっちが泣きたくなるような感じだった。
「お姉ちゃん。次で終わりだ、すぐ行こう。苦手な属性が自爆してくれてラッキーだったよ」
完全論破なんて虚しいものだと私は知っている。女子高校生なんてしていたら、口論の現場なんてよく目にする。決着がつかない場合も多くあるが、大抵が善悪など関係なく力で押さえつけられる結果ばかりだ。いつのまにか権力争いになっているだけ。
人間が感情をぶつけ合うのに、語彙力だの理論だの損得勘定だのでは収まりはつかない。だって……お互いに妥協できるはずがないのだから。結論が出る時は、これ以上の混戦を嫌がった権力が低い者が勝負を降りる。そして勝者は自分の理論に酔いしれる。
「絶花。こんな真似しなくても、もうちょっと、もう少し、普通に戦って良かったんじゃない?」
「いや、勝てなかったと思うよ。属性の相性が悪いってそれほどのことなんだ。ちなみに……あの虎坂習字って野郎に『呪い』をかけたって部分は嘘だよ。まんまと騙されてくれて助かった」
「絶花!」
「安心してよ。虎坂習字をこれ以上攻撃したりはしない」
「そういうことじゃないよ。……絶花。聞いて。私が中学生の時にね、ちょっと席が近かった男の子と口喧嘩になったの。その時にね」
「え? 説教なの? 昔話なの?」
この質問には答えなかった。ここで物怖じしてしまっては、話を続けられないと思ったから。
「その男の子に『お前は同じことを何度も言っている。お前は語彙力がない。馬鹿だから相手にしない』って言われたの」
「同じことを何度言っても正確に聞き入れる能力がない。そいつが語彙力以前に理解能力が欠落しているだけだと思う」
「私を庇ってくれるのはありがとう。でもちゃんと、話を最後まで聞いて。私はその時に途端に言い返せなくなったの。勿論、言葉に納得なんてしていなかった。その子の言っていることが正しいなんて思えなかったし、無理矢理に自分の勝利の形で話を切り上げたかったのが、その人の本音だと思う」
「うん」
「だからね。人の感情とか大切にしているものとか、頭ごなしに、力ずくで、自分のほうが正しいって言っちゃ駄目なの。力による圧政は長続きしない。猛き者も遂には滅びるって言うでしょ。だから……ちゃんと話あって。暴力とか、あんな一方的な交渉で話を解決しないで」
私の目線の先には、自分の金棒で自分の腹を刺し、血まみれになって地面に横たわる黒鬼の姿があった。