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蹂躙

 鬼が良い生物であるという知見は殆どない。酒呑童子にしたって京都を暴れまわった筋金入りの悪党だ。その他に伝わる鬼だって、人を食べただの、川を反乱させただの、閻魔大王の部下だの。およそ、良い役回りではないだろう。だから節分の日に豆を撒いて追い出すのだ。


 「お前……憎しみをぶつけ合うとか言ったか? ふざけるな、こっちは人間なんだぞ。人間は弱い生物だ、肉体的にはな。それを人海戦術と卑屈な知能で、ここまでの社会を積み上げてきたんだ。お前たちとの戦いは聖戦じゃない。お前達が悪者で、こっちが正義の見方だ。あれは害虫駆除だ」


 「だろうな」


 鬼は否定しなかった。むしろ、肯定した。


 「だから……我々が知識を奪われたことも、地位を脅かされたことも、霊界に追い出されたことも、奴隷扱いされることも、至極当然だと言いたいのだろう。お前さんは」


 「その通り。悪党がストライキ起こしてんじゃねーよ」


 正義の見方は孤独なものだ。仲間を持たず、民衆から指示されず、むしろ非難される。責任を押し付けられ、さらし者になり。匿名性で素性を隠さねばならない。傷だらけになり、血だらけになり、最悪は命を落とす。誰からも感謝されないまま、永遠の戦いに苛まれ、後味の悪い罪悪感が残る。


 悪党は幸せかもしれない。鬼は単独行動しない。桃太郎の鬼ヶ島のように、酒呑童子が多くの舎弟を引き連れたように、閻魔大王が多くの部下を持っているように、正義の見方に蹂躙されるその瞬間まで、夢を見れる。


 「鬼は……幸せになる権利はないのか」


 「あるはずないだろ。被害者面するなよ。お前が加害者なんだ。加害者が『被害者側にも問題ある』とか言ってんじゃねーよ。だから学校教育の中で『いじめ』が無くならないんだろうが。ちゃんと悪と善の線引きをしないから。お前は罪人だ、だから陰陽師に操られる。罪人に労働を強いるのは当たり前、待遇が悪いのも当たり前、反逆行為などもってのほか。いい加減、現実を見ろ、ゴミクズが」


 殺伐とした空気になっていた。だが、闘争心を抱いていたのは私の弟だけ。黒鬼は別の意味で戦闘を続行する気力を失っていた。別に私の弟に論破されたわけではないだろう。鬼の中の悔しい気持ちはそう簡単に消えないから。だが、自分が被害者だと思っていたのに、加害者扱いされて、善悪の線引きをされてしまった。復讐の意味合いが変わってしまった。


 「俺は……」


 黒鬼が言い淀んだ。俯いて、肩を落とし、気力を失い、覇気を失い、途方に暮れたように、涙を浮かべた。そして絶花が構えた。奴を殺すつもりだ。絶花の殺気が察知できた。私の弟は戦う気力のない相手にも容赦はない。そして……。


 「おい、黒鬼!! 俺を見ろ!! 俺が現実だ!!」


 怒号が響いた。絶花も一瞬、震え上がったように身震いした。黒鬼もはっとした顔で、上を向いた。声の主は……虎坂習字だった。

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