合致
「凄い、本当にお姉ちゃんが倒しちゃったよ」
「痛い……体中に銃弾を打ち込まれた時には、本当に死ぬかと思った」
「いや、普通に死ぬものなんだけどね。確かにあの絵之木とかいう女が死なない程度に手加減していたのもあるけど、それでも立ち上がれないようなダメージを与えていたはずなんだ。……やっぱりお姉ちゃんは俺より特殊かも」
そんな事を言われても嬉しくもなんともない。私はそのまま地面に正座で座り込んで、ため息をついた。遠目で絵之木の姿を確認する。完全に伸びている。死んではいないと思う、ただ気絶は免れないだろう。私は私で死なない程度に手加減したのだ。
終わってみれば、爽快感などどこにもなかった。ただただ虚しいだけ。勝者と敗者の決定する瞬間に訪れる、この殺伐とした空気。どちらかの今後に予想される明るい未来が崩れ去る感覚だ。
「甲子園で負けた学校が砂を掻き集めるのとはわけが違う。格闘技をやっているわけじゃないんだ。本当の戦争の結果は……こんなものさ。近頃の小学生は平気で人を殺すゲームをするらしい。どんなに平和教育しても駄目なんだ、死ぬかもしれない恐怖を味合わないと」
どうして私がそんな気持ちを味合わないといけないの……。別に人を殺すゲームとか好きじゃないわよ。でも……この戦いは私から率先して前に出て戦いに挑んでいった。別に絶花が戦闘不能に陥って、私が戦わざるをえない状況になったわけでもない。むしろ私が庇った形になった。
「なにが私をこうさせたの……」
つい最近まではこの弟のことが嫌いだった。でも……今はそんなにこいつのことが嫌いじゃない。倉掛絶花は変わらない。生活態度や傲慢さは改善したわけでも、なにか私に幸福をもたらしたわけでもない。むしろ、面倒事に巻き込まれていった感じだ。それなのに……。
「絶花。私はね、きっと世界の醜さに気がついてきたのだと思う。今まで忙しさを理由に考えてこなかったことを考え出したから、こんな気持ちになったと思う」
自分でも語彙力のない言葉だと思う。頭も体も疲れている、意識が朦朧としている。気分は良くなかった。漫画の主人公は戦い終わった時にこんな気持ちになっているのだろうか。思ったよりも、爽快感なんてないものだった。絵之木ピアノに対して憎悪の気持ちはなかった。ただ襲ってきたから返り討ちにしただけ。そんな曖昧な動機で戦ったから、こんな結果になったのだろう。
一部、私に良かった点があるとすれば、『仲間を守れた』ことだ。弟を助けることができた。それだけが、今の私の唯一、勝鬨をあげるに相応しい魂の達成感だ。だが、それも何故か薄い。
「お姉ちゃん。だから言ったでしょ。陰陽師同士の戦いに正当性なんかない。戦争はどっちもお互いに『悪』なんだ。この世から戦争が無くならないのは、『仲間は俺が守る~』とか、『己の限界を超える~』とか、『まだ見ぬ力を追い求める~』とか、そんな小綺麗な台詞を並べて、自分の正義感を押し付けて、自分の心の中の闇に向き合わない。そんな連中がいるからだよ。正義の名のもとに人間はどこまでも下衆になれる」
私の正義……。
「だから力あるものはそれを正しく使わなきゃいけない。陰陽師だろうと軍人だろうと、人間が人間を武力によって制することに正しさなんかないんだ。体罰教師を世間が認めなかった理由はそれなんだよ。力で従わせることは、『正しくても正しくないんだ』」
絶花の声が耳に届かない。本気で具合が悪い。なんだ、この居た堪れない感覚は。意識が遠のいていく。睡眠欲ではない。もっと顕著な疲労感だ。
「絶花。お話はここまで……。後ろ……」
もう敵はすぐそこまで迫っていた。
★
「とても興味深いご高説をありがとう。全国の少年漫画ファンが血管がブチギレるほど怒り狂う正義論だね。まあ、一昔の正義のヒーローには合致するものなのかもしれない。だが如何せん、従来型だ」
「お前……三人目の刺客ってことでいいのか?」
「あぁ、構わないよ。お待たせしました……俺がこの小隊の土属性の担当。虎坂習字。あぁ、名乗らなくていいよ。倉掛絶花君だね。君たちのことはモニターで見ていた。そっちのお姉さんの名前は……聞いていないから知りたいな」
高身長、顔にタトゥー。髪は金髪で耳には月型のイアリング。制服は着ておらず、その代わりに、就職活動中の大学生のようなスーツを着用している男だ。顔と格好がミスマッチ。また変な人間が出てきたものだ。……今回はキラキラネームじゃないか、『しゅうじ』なんて男では珍しくもない。
「土属性か。こっちが水属性だから……メチャメチャ不利だね」
「絵之木には、『俺の獲物だから俺が行く』、って何回も食い下がったけどな。あのバカ女が言うことを聞きやがらねぇ。それで負けたんなら救いようがないな。安心しろよ、俺は添木も絵之木も回復なんて真似はしないから」
絵之木は極めて積極性のある奴だった。傷ついた仲間を見捨てないようなやつでもあった。だから登場を急いだのだろうが。この男が本来であれば先だったのだろう。
絶花と私の苦手な相性の敵だから。




