摂理
感覚を研ぎ澄まして、精神を集中させて、呼吸を整えて、魂を燃やす。
「確かに妖怪『さがり』の特徴は、突然現れることだよ。鳴き声をあげて、暗い夜道を歩いている人などを脅かす。そんなことが仕事さ。でも……それを知ったからどうなる? 私の能力である絶対先制権を止められる手段などないだろう。後手に回るということは、圧倒的に不利になるのさ。どんなゲームだって後攻は不利。そういうものだ」
そう、後攻は不利だ。最強同士のオセロ対決は後攻が必ず負けるという話を聞いたことがある。魔王が勇者に先手を譲るのは余裕の現れだ。どんな世界でも後手に回るのはよろしくない。後手に回れば、思うように動けなくなるのは必須だから。
「君の声を防ぐ方法はある。先程は君は『そんなものはない』と言っていたが、考えてもみなよ。例えばこの銃声!!」
絵之木が天井を目掛けて発砲した。さぞ、『攻略してやった』みたいな顔をして。
「人間には反射というものがある。食べ物が目の前に出れば唾液が出る。熱したやかんに手が触れれば引っ込める。目の前で大きな音が出れば、耳を塞ぐ。これは当たり前の自然の摂理だ。つまり、目の前で君の声よりも大きな音が『先に』発生すれば、驚いて君は声が出せない。つまり絶対に先手を取れる遠距離戦闘の達人。この私には絶対に勝てないというわけだ」
奴が拳銃を構えた。さぞ格好良く、決めポーズのように。お互いの目線の一直線状に二つの拳銃がくるように。
私は……傘を構えなかった。椅子に隠れてもいない。奴が勿体ぶって引き金をひかないから、まだ生きている。だが、奴が攻撃を開始すれば、私は一瞬で蜂の巣だろう。散弾の雨を防ぎようがない。
だから……古典的な方法を使おう。
「私の勝ちだ。お前の負けだよ。絵之木ピアノ……」
「はっ、なにを根拠に」
「後ろ、後ろ。振り返りなよ。じゃないと後悔するよ……」
奴は反射的に振り返った。敵の言葉を信用しなかった。自分の勝ちを信じて疑わないから。優越感に浸っているから。私の演技が下手でも、奴は振り返るしかないのだ。騙される危険性があっても、振り返らないわけにはいかない。騙されるのには理由がある。奴には仲間がいる、先ほどの椅子に付き落ちた添木生花だ。奴から目線を逸らしていたから、私のブラフにも従うしかなかった。
だから……。
「防犯ブザー……」
さっきの攻撃で突っ伏した際に胸ポケットから取り出して向こうの車両に投げておいたのである。これが私の最後の切り札だ。
「最近の防犯ブザーって……音声を自分で入れられるって知っていた?」
「まさか…………」
お前の弱点は……二箇所からの同時攻撃である。絶対先制権を発動できるのは片方の銃弾のみ。おそらく体を瞬間移動(気づかれずに移動)させる技術は、さがりが外に出ていて初めてできる能力。あの絶対に先に当たる早打ちは、さがりが拳銃の姿をしている時だけ。しかもそれなりの集中力が必要だ。だって……妖力を練りこんでいるのだから。
「防犯ブザーに蒲牢の鳴き声を録音してみました」
防犯ブザーが鳴った。その瞬間に正面から途轍もない勢いの風が飛んで来る。絵之木にとっては、まさに近距離的な大爆発だっただろう。その衝撃波を受けてまたも奴が空に浮く。その瞬間を私は逃さなかった。
お前の敗因は『勿体ぶったこと』。勝利を確信した時点で自分の優位性を確かめるように無駄話に興を咲かせ、勝負を急がなかったこと。殺るときには殺る、決める時には決める。その貪欲な勝利への執着心ではなく、奴はくだらない体裁やシチュエーションを優先した。
「甘いんだよ、お前っ……”わっ”」
今度は私は大声を出して、近距離で奴に衝撃波をお見舞いした。
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