従僕
倒せていなかった……。奴を上手く気絶させるようなダメージだと思ったのだが、そう上手くはいかなかったみたいだ。これだから正義の味方っぽい人間は嫌いなのだ。どんなに傷ついても不屈の精神で立ち上がってくる。アニメや漫画では感動するシーンかもしれないが、現実ではここまでの不快感を醸し出すとは。
「さぁ、じゃあこっちも反撃させてもらおうか」
私は折りたたみ傘を開こうと柄の部分に手をかける。しかし、そこを目にも止まらぬ早打ちで右手から傘を撃ち落とされた。
「イタッ!」
慌てて拾い上げようとする私を縦断の雨あられが襲った。拾い上げようとする右腕に追撃され、腹部にも一撃、その後は私の体制を崩すために両足に二箇所打ち込む。よろめく瞬間に、おまけに肩にも打ち込まれた。ほぼ二秒間くらいの出来事である。
地面に這いつくばる私。今度は恐怖で声も出なかった。私は彼女を殺さないために、絶花よりも先に勝負を買って出たが、現実はやはり無情である。私自身も殺される対象のひとりだったのだ。
「傘をささなきゃ怖くない。椅子に隠れなきゃ充分に瞬殺できる。はぁ、これだから初心者がしゃしゃり出るからこうなるのだ」
「お姉ちゃん……」
オロオロした絶花の声が聞こえる。痛みで立ち上がれないが、恐らく絶花は絶望の顔を浮かべていることだろう。
「さぁ、なんで私に戦いを挑んだのか疑問だが、戦争に顔を出したのならば理由は関係ない。例え突発的な正義感でも、私はそんな曖昧な物を認めない…………安心しろ。そこの女には灸を据えてやっただけだ。殺してはいないさ、彼女はお前に操られていただけだろうから。記憶を消して、式神を開放して、外の世界に逃がしてやるよ。ただ、お前は別だ諸悪の根源め。私の戦うべき相手は貴様なのだ、地方の差別主義陰陽師」
「ふっ、ザケンなよっ!!」
私を殺さないあたりも主人公らしい。倒すのは猿山のボス猿だけ。その他の下っ端はただ命令に従わされていただけ。最近の漫画では少ないと思うが、初期の少年向け漫画ではよくある手法だった。そういう手合いも気持ち悪い。だって、絶花は私のことを『切り捨てられる駒』だとは思っていないから。
あの女は私のことを絶花の従僕だと思っていた。だが、結論としては違ったのだ。きっと、私のことを家族だと思っている。唯一の親しい関係性のある人間だと。友達や仲間が多い人間には分からない感情だろう、だからあの女は読み違えたのだ。数少ない大切な『絆』や『繋がり』を消された苦しみを。拡散的にコミュニティを形成している人間には、事の重みが感じられないのだ。
…………絶花が怒り狂っている。きっと、あの女は殺されるだろう。化け鯨が登場して本来の力を発揮すれば、この程度の騒ぎでは収まらない。だが、私の体中の痛みが、私の脳内を冴え渡るものにした。
『さがり』の特徴を考えて見る。妖怪の特徴といえば、なんと言っても突発的な登場だ。驚かせることが仕事のような連中なのだから。驚かせる、突発的…………。はじめの私と絶花を間を抜いた時の瞬間移動したような感覚。さっきの私が傘を広げるよりも前の早打ち。先制攻撃……。
「分かった……その弾丸の正体……」
私の不意な発言に今まで殺伐としていた睨み合いが解凍した。
「私の予想が正しければ奴の能力は『絶対先制権』であり、『相手の注意を意図的に逸らす』、『突発的な攻撃をする』、そういうニュアンスだ」
学校の授業などでもそうだろう。先生は教室中に声の届く大きさで喋っているのに、別の考え事をしている場合や内職をしている場合は、聞こえているはずの先生の声が聞こえないのだ。注意力があるのとないのでは、雲泥の差が存在する。
「妖怪が出てきて驚くのは、不意に登場するからだもんね。ビックリするからドッキリなんだよね」
奴が苦い顔をした、おそらく正解なのだろう。私はなんとか痛みに耐えつつ立ち上がった。やつと違って、確固たる信念や不屈の精神などではない。私が戦う理由は、見ず知らずの人間を……絵之木ピアノを守るため。最近のヒーローとしては許されない、『目に見える人の全てを守りたい』、そういう理由だ。
己の限界を超えるために戦うことは高尚なことだろう。だが、闇に染まる原因も似た感じだ。仲間のために戦えば、それは美しいことだろう。だが、それは裏を返せば自分の仲間でない人間は、仲間を危険に晒していることになる。
「本当のヒーローは孤独で、力を使うのを恐れて、戦いが嫌いで、誰も殺せなくて、争う事に意味なんかないと思っている。そういう人間が主人公なんだ、それが本当の優しいヒーローなんだ。だから……あなたみたいな人間は嫌い。仲間に囲われて、勧善懲悪で、戦いに価値を見出していて、自分に自信があって、それでも心のどこかに闇がある。そんな今時のヒーローみたいな奴は嫌い!!」
なにが絶対先制権だ、気持ち悪い。最近のバトル漫画の主人公の手法を見ているみたいだ。敵の反撃を許さない、気持ちをわかろうとしない。押し付けがましい勧善懲悪を並べるだけ。
「やっぱり私にはあなたの言いたいことが分からないなぁ。でも……沸点は伝わったよ。あなたは私が嫌いみたいだけど、私はあなたが好きだぞ。孤独なヒーローさん」
「そういうところが嫌いなのよ」
たぶん、明日で決着がつきます




