相生
相手が単純に一人減ったのは良いことなのだろうが、そうプラス思考にもなれない。
「お前達が弱点特攻の雑魚だっていうことは分かったけど、もし俺が金属性だったらどうするつもりだったんだ? メタである火属性が乗り物になっているなら、攻撃のしようがないだろう」
「案ずるな。その時はお前たちは第一車両で火の渦に塗れて死んでいる。だが、彼女はキサマらに勝てないと悟ったから、下手に攻撃せずに身を引いたのだろう」
あの車両で攻撃がこなかったのは、戦う前から勝利が確定していたから。だからあの駅員に変装した陰陽師は自主的に諦めたのだな。
「で? お前も別に弱点ってわけじゃないけど、お前にとって有利な状況でもないだろう。お前も自主的に退陣してくれると、平和的で助かるけどなぁ」
「無用な心配だな。貴様より私の方が強い」
「…………」
しばらく沈黙が続いた。どうしてお互いに動こうとしないのか、素人の私にはいまいち理解できないが、気の流れなどを互いに測っているのかもしれない。
「あの~。ちょっと気になることがあるので、私からも質問いいですか?」
場違いだとはわかっているし、自分でも空気読めないなぁと思いつつも、それでも……やっぱり聞かずにはいられない。
「なんだ、そこの女」
「確か五行って相性云々の前に……五つ揃って最大の相乗効果を生み出すっていう考えかたもありますよね? ちょっと私は陰陽師じゃないので、分からないですけど」
木は燃えて火を生む。木が燃えればあとには灰が残り、灰は土に還る。鉱物・金属の多くは土の中にあり、土を掘ることによってその金属を得ることができる。金属の表面には凝結により水が生じる。木は水によって養われ、水がなければ木は枯れてしまう。
五行は確かに相性の善し悪しに関する見解もあるが、本来は自然の相生を表すパワーである。
「お姉ちゃん、そんなこと知っていたの?」
「昔読んだ少年漫画でそんな知識が出てきたのよ。だからこそ分からないの。だって、五行の力をフルパワーで使うならば、一人一人が刺客となって襲うよりも、全員で戦った方がいいに決まっている」
ここが電車内で身動きが取りづらいという難点は存在するのだが。
「戦い方のセオリーとしては正しい。だが、我々のこの『残党刈り』はいわば試練。学校の課題なのだ。人数的に上回って勝利したとしても、己の勲章とはならない。私ひとりで撃墜してこそ意味があるのだ」
「要約すると手柄は敵を倒した奴だけのものってして、全員が競い合っているって感じかな。仲間でありながら、敵であるみたいな」
「信頼し支え合うだけが小隊ではない。競い合い高め合うのもまた真の友情というものだ」
「くだらねぇ」
さぞ格好良いことを言っているであろうハチマキの学ランに対して、絶花は髪を掻き毟りながら、さぞ馬鹿馬鹿しいという顔つきで罵った。
「なに?」
「陰陽師の仕事は『悪霊退散』、それだけだ。人々から悪霊の危険を阻止して排除する、それが陰陽師のすべきこと。そのためには手段を選んではいけない。なにが高め合うだ、自分ひとりじゃ修行の一つも出来ないのか。競い合う対象がいなきゃ頑張れない程度の三下は、陰陽師なんか辞めてしまえ」
軽蔑の眼差しで吐き捨てるかのように、彼を否定した。
「言わせておけば……網切!! 切り殺せ!!」
ようやく奴が行動を開始した。凶悪な真っ赤に染まる二本の巨大挟が正面から特攻してきた。と、同時に絶花は腰から折りたたみ傘を抜いて、柄の部分を伸ばし居合い切りのような形で反撃する。だが……勢いよく開いた傘は……真っ二つになった。
こうなることを想定していたのかもしれない。絶花は傘からすぐに手を離して、私を担ぐと先ほどの車両へと引き返していた。
「『からかさ』が……」
「大丈夫、妖怪は死なない。俺の式神である『からかさお化け』は、付喪神だが、ベースとなるオリジナルは遠の昔に処分されている。だが、九十九年の歳月を経て覚醒した、その魂は消えない。つまり……」
絶花は腰からまた新たなる折りたたみ傘を取り出した。
「傘にストックさえあれば、何度でも復活する」
「ですから、傘そのものの消滅は問題ないのです。姉君」
あれ……あの傘はさっきまで私のことを『お姉さま』って呼んでいたような……。まさか別の魂なのか。だが、死後婚の時のからかさは、私の事を『姉君』と呼んでいた。
「式神契約はその一体の妖怪とではなく、その種族全員との契約だ。だから次に俺が袖にする『からかさ』が、どの魂になるかはランダムだってこと」
とても加勢に入れる状況ではないので、私はすぐさま一番前の運転席まで逃げた。やつに見つからないように自分の身を隠すように。
「貴様、それで先ほどの傘を使い捨てにしたわけか」
ここで先ほどのバンダナも第一車両へとやってきた。あの異質な巨大ザリガニも一緒である。また肩の上で虎視眈々とこっちを睨んでいる。
「式神は陰陽師の奴隷だ。使い捨てにして何が悪い。捨て駒戦法を使わない戦争なんてこの世に存在するはずがないだろう」
「貴様のような下衆には私は屈したりしない。この場で粛清してくれる」
「じゃあ俺は……そうだな。お前とその式神との『友情』とやらを、これでもかってくらいに破壊してやるよ」
絶花はここで懐から何枚かの御札を取り出した。戦闘体制に入ったと見ていいだろう。
「苫鞠陰陽師機関所属、倉掛絶花だ。推して参るぜ」
「緑画高校、第八機動部隊所属、添木生花」