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結婚

 知らない、陰陽師の常識なんて私に言われても、分かっているはずがないだろう。


 「死後婚っていうのは、既に無くなった若い男女の魂を慰める為に、本格的な霊媒師とか呼んで、生前で叶わなかったお見合いをさせるっていう。まあ死んだ人というよりも、両親の為にあるお見合いだな」


 ……それは気持ち悪いな。その息子さんや娘さんが無くなったお家族には申し訳ないと思うが、私はそんな催しは良いとは思わない。眠る霊は静かに寝かせてあげるべきだ。


 「それでどこにあんたの出番があるのよ」


 「え? その『本格的な霊媒師』が俺だけど」


 ……そうか、まあ人様の役に立つならそれでいいのだけど。この超絶甘党男が真面に仕事が出来るようには思えないのだが。真面に仕事をするのだろうか。


 「まあ好きにすればいいけど。とにかく私やお父さんに迷惑をかけないでね」


 「大丈夫。霊媒師ってのは嘘っぱちで本当は陰陽師の通常任務だから」


 質問してもいないのに、まるで私との会話を続けるかのように、気になる言い方をしてくる。何が目的なのだ、私と会話なんかしたくないのではなかったのか。私は手は料理に集中しながら、弟の話に耳を傾けることにした。包丁で野菜を切り刻む。


 「なによ、通常任務って」


 「悪霊退散。その場に誘き寄せた二匹を一気に仕留める。まあ俺一人じゃ厳しいけど、仲間が応援に来てくれる予定なんだ。悪霊は陰陽師が複数いないと倒せないからな」


 そうなのか、その場に来るのは悪霊なのか。霊媒師というのは霊界から魂を呼び戻す物と聞いていたのだが、そうじゃないのか。既にいる悪霊を呼び込むなんて。まるで親族を利用するような真似だ。息子や娘をうれいる親の純粋な愛情を逆手に取るなんて。


 「お前のそういうところ、私は嫌いだよ」


 「悪霊を倒せば町が平和になる。俺たちが真意を伝えなければ、その親族もこれが、結婚式じゃないなんて気がつかない。誰も傷つかない。素晴らしい作戦だと思うけど。人生は騙された方が幸せな時だってあるだろ。こっちだって居候いそうろうさせて貰ってお金がないんだ。形振り構ってられないよ」


 そういう問題じゃない。人への愛情という『尊い物』を馬鹿にしていると言いたい。騙すことを肯定するなんて真似が気に食わないと言っているのだ。


 「それでさぁ。お姉ちゃん。一緒に来ない?」


 「はぁ?」


 「お姉ちゃん。結婚したい? って質問に答えて貰ってないよ。でも答えなんかない訳でしょう? だからさ。答えを見つけに行こうよ」


 ★


 この結婚式に向かうかどうか、私は真意に悩んだ。私が気がかりになったのは、奴の『家族』という言葉である。平凡という意味でほぼ完全無欠と言える私の人生に、唯一の欠けた部分が家族だった。いや、母親だった。


 私が結婚などを真意に考えなかったのは、父と絡む母親の姿がなかったからだ。夫婦喧嘩のように言い合う姿や、イチャイチャする姿など。良くも悪くも夫婦の絆を垣間見るタイミングが一切になかったのである。


 それと私は彼氏を持った事がない。母親がいないという欠点は、それなりに時間を奪われるのだ。私の勝手とはいえ家事や炊事に時間が取られた。私は仕事から帰って来る父親の為に、友達とカラオケやボーリングという話にはならなかった。同理由で彼氏もできなかったのである。


 今まで私が結婚する姿など考えたことがなかった。高級な服やバックには興味があった。しかし、ウェディングドレスなんて女の子の夢と表現される物には惹かれない。私はあの白いひらひらの衣装や、ブーケなど全く関心が沸かなかったのだ。まあ私は人よりも愚鈍な女だったのである。


 「全く関係ない人の結婚式ねぇ。それも生きている人じゃなくて、死んでいる人の……」


 初めは当然、嫌だと思った。無干渉でありたいと思った。しかし、弟の仕事という物に興味が沸いたのだ。陰陽師……私と母親を引き裂いた機関。その業務がいかに重大で大切なのか。私の幸せと時間を奪ったその存在がどれほどの代物なのか。


 弟はどうして私を連れて行こうとしているのか分からない。役に立たないし、足でまといだろう。私と触れ合う時間を儲けたいと思っているのか。それとも只の気まぐれなのか。悩んでも答えは出ないだろう。


 私は部屋で勉強机の前で椅子に座り、考えにフケていた。あの甘党弟が言った言葉が気になって勉強に集中できない。シャーペンが一向に進まない。目の前の数学の問題が文字の羅列にしか見えないのだ。早く決断を出さなきゃいけない、『行くのか』。『いかないのか』。


 「結婚か……恋愛なんてしたことがなかったな」


 立ち上がって鏡に自分の姿を映してみた。可愛く見えるだろうか。私は……。


 「あのう」


 その時だ、不意に正体不明の声がかかった。こんな夜中に侵入者だろうか。まさか泥棒、犯罪者。私は傍に置いていた折り畳み傘を持つと、辺りを見渡した。恐怖感を感じた。気にせいだろうか。


 「あれ? 陰陽師とか妖怪とか悪霊とか。そんな単語を久しぶりに聞いたから、変になっちゃったかな?」


 そのまま椅子に座わり、折り畳み傘を机の上のスペースが空いているところに置く。だが……その次の瞬間に私は椅子から転げ落ちた。なんと発信源は……その折り畳み傘だったのである。折り畳み傘に……目玉が……。

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