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更地

 ★

 電車内は快適だった。弟のポケットマネー(?)のお陰で、予約席の広い空間に腰を下ろせている。駅員が通るたびに元々備わっているサービスとやらで、飲み物もお菓子も食べ放題。しかも今回は時期が良かったのか、周りには私と弟以外の客がいない。まさに貸切で電車の1レールを占拠している気分である。


 下町の田舎育ちの私としては、こんな高級な生活をしたことがなかったので、至極極楽なひと時であった。


 強いて汚点をあげるとすれば、正面に座っている弟が、スナック菓子の包み紙やそのスナックの破片が机と地面に散乱して、汚らしいことだけか。別の席に移ろうとも思ったのだが、如何せん弟が私の正面に座ると言ってくる。


 そんなに長い付き合いでもないだろうに、どうしてこうも私に依存するのだろうか。年頃の男の子ならば姉などうとましく思うのが自然だと思うのだが。いや、こいつに世の一般的な男子の風格を求める方が野暮というものか。


 「寝てやがる」


 ふてぶてしい寝入りである。まるで自分の家のようだ。私はこれからの予想もできない目的地のせいで、胸の不安でとても眠れそうにない。だが、私の不安など苔にするように、こいつは爆睡している。


 「この自由人が」


 そういえば、この電車には少し違和感がある。電車に乗った回数が少ないので、初めは気にもしなかった。豪華なサービスに気を取られ冷静さを失っていた。だが、考えれば考えるほど、この違和感が膨らんでいく。


 まず、電車の窓から見える風景。薄暗すぎる。今は深夜でもないのに。家を出た時は早朝だったので、辺りが薄暗くて当たり前だった。だが、あの高校生と一悶着あった時にはすっかりお天道様は登り、一面は明るかったはずなのだ。今日の天気は全域で晴れ、京都までの道のりで曇りの地域などない。これはスマートフォンで確認済だ。


 そして、妙な寒気を感じる。別に8月の終盤ならばまだ蒸し暑くていいはずだ。なんだろう、この肌に突き刺さる感じの悪寒は。意識してからはもっと寒気を感じるようになった。


 「この電車……もしかして……。普通の電車じゃない?」


 聞いたことがある。洞窟などを抜けた際に神隠しに合い、別の世界に飛んで行ってしまうみたいな。ありえる、この弟の世界の常識とやらならありえる。


 「あの馬鹿! ここまでサービスが良いなんて金欠のあいつにしてはおかしいと思った。やっぱり陰陽師関係の根回しだったんじゃない」


 思わず席を立ち上がって、あたりを見渡した。やはり他の客がいない。陰陽師機関専用の電車に一般人は紛れ込まないだろうから。さっきの駅員もきっと弟の知り合いの陰陽師の関係者なのだろう。弟はアバウトな説明の中に京都の裏側の世界に行くと行っていた。京都に辿りついてから移動すると思っていたが、どうやら移動中に既にその世界に足を踏み入れていたらしい。


 「まったく……こういう肝心なことは話しなさいよ、あの馬鹿め」


 「いえ、お姉さま。私が思うに絶花様にも予想外の事態だと存じます。私の仲間にも……そのようなことは打ち合わせられておりません。お姉さま、もしかしたらこれって」


 私の腰にぶら下げていた折りたたみ傘が人の心を不安にさせる気味の悪いことを言う。あいつが口下手で説明不足など今に始まったことじゃないだろう。きっと式神である唐傘お化けにも、碌な説明をしていないのだ。ただそれだけのことだ。


 「いえ、今回はお姉さまをお送りする重大な任務ですし、これでも裏で絶花様と入念な打ち合わせをしていたのであります。それに……陰陽師本部は現在、原因不明の災害で完全に壊滅状態の更地と化しています。交通網など復旧が間に合っているはずがありません。線路がないのです」


 「と、途中下車して、そこから手軽な乗り物に乗り換えて」


 「霊界にタクシーなどの都合の良い現代機器はございません。時代劇の世界をそのままにしたような場所であります。それに……そんな面倒な二度手間をするならば、やはり表の世界の電車を使用し京まで出向いて、そこから霊界に向かったほうが効率がいいのでは?」


 …………霊界。また知らない単語が出てきたぞ。おそらく説明であった『裏側の世界』という言葉の正式名称なのだろう。私は弟にそんな危険極まりない所へと向かわされているのか。いかにも、怖そうな場所じゃないか。まあ、それは一旦置いておくとして。


 「これってマズイんじゃ」


 「マズイですね。こんなに悠長に話をしている場合ではありません」


 「お、おっ、起きろ!! ぜっかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 「ふげっ、お姉ちゃん。まだ、京都にはつかないよ。到着時刻は今日の昼頃って…………お姉ちゃん。なんでそんなに涙を溜めて顔を真っ赤にして、激怒プンプン丸なの?」


 「陰陽師が現代語を使うな!! それに激怒とか既に死語だ!!」


 「お姉ちゃん、落ち着いて。どうしたの?」


 私は言葉で説明するのも嫌だったので真っ直ぐに窓ガラスの方へと人差し指を突き出した。確かに腹は立っている。だって、嫌な予感しかしないから。危険な匂いで充満しているから。


 「うぇ! なんだこれ!!」


 「やっぱりお前の想定外だったのかよ~~~」


 窓ガラスに映っていたのは、現代風のビルの立ち並ぶ光景でも、森林が生い茂る山岳地帯でも、のどかな田園風景でもない。ましてや霊界とやらの江戸時代のような風景でもない。いくら時代劇でも間違いなくこんな風景は映らない。


 「お姉ちゃん。俺たち……空を飛んでいるよ」


 「もうオウチに帰りたい!!!!」


 我々がいる世界は遥か雲の上の上空だったのである。

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