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学費

 ★


 倉掛絶花は生きている。あれから数ヶ月が経った。季節は真冬に変わり寒気が漂う時期である。雪が積もらない程度に振っている。そんな季節に彼は緑画高校にいた。姉の遺言通り倉掛絶花も転校したのである。新しい思想など持たなくていい。それでも彼の精神の為にと取った判断だった。


 結局、倉掛絶花の性格はそんなに変わっていない。時に自分でも気がつかない時に嫌味な事を口走っている。人間は反省しようが、悔い改めようが、そう簡単に性格は変われない生き物だ。それでも前の生活よりは幾分かマシになった。母子家庭で母親に迷惑をかけないように、学費集めも兼ねて自分で陰陽師の活動を積極的に行っている。


 もう暫くは崩壊した苫鞠陰陽師機関には戻らないだろう。この暗黒期を緑画高校にて生き抜き、渡島塔吾の打ち立てる新しい陰陽師の方針を受け継いで、地元に戻って機関を復活させていく。物事は一気には進まない。あの平安の時代の更地の時のように、ゆっくり一歩ずつ歩んでいくしかない。倉掛絶花もここで五年間過ごしたら、晴れて機関に戻る計画だ。


 倉掛百花を失った後、竜宮真名子の式神にもなれなかった蒲牢は地元である中国に帰った。極めて心に大きな傷を負った様子だったが、次はいつの時代に日本に姿を現すだろうか。どうせ気分が変わって化け鯨へ復讐にしにやって来るだろう。今は安らかに眠るといい。


 悪霊の動きは驚く程少なくなった。レベル3、レベル4と怒涛のように進化を見せて、人類を幾多と殺害し、この数ヶ月の間に大暴れしていた彼らだが、倉掛百花を最後に数は激減した。陰陽師と悪霊の戦いは終わらない。人間が憎しみの感情を持っている限りは。だが、暫くはお互いに休戦と言ったところだろう。陰陽師としては有難い。これでゆっくりと復興が出来る。


 陰陽師機関は完膚なきまでに崩壊した。地方の機関はほぼ全てが崩壊し、安倍晴明の子孫である直系は根絶やしにされ、陰陽師の城であった御門城は没落し、もうこれ以上はないという程の破壊を受けた。最凶の悪霊であった柵野栄助と柵野眼の親子のお陰で。しかし、だからこそ得た素晴らしい物も存在する。


 創造は破壊からしか生まれない。変化を望むならば、それ相応の対価を払わねばならない。今まで皆で大切にしてきた物を、自分たちの手で叩き壊さないといけない。しかし、そうしたら素晴らしい物が手に入る。敵の存在が危機感をつくる。危険と平和は隣り合わせ。そういう意味では、今回の大革新は陰陽師の歴史の中で、悲劇ではなく前進なのかもしれない。


 全ての主人公は言う。生きるよりも素晴らしい事はないと。死ぬことだけは防ぐべきだと。それを忠実に守った倉掛百花。その理論で弟を見事、絶体絶命の呪いから救い出した。また、その理論を捨てて、自分自身の命をなげうった。どうとでも生き長らえる方法はあっただろうに、自分から成仏してしまった。


 彼女は漫画鑑賞の趣味があったが、一番に漫画の世界を馬鹿にしていたのも彼女だった。相反する何かが彼女の中に芽生えていたのだろう。生きる素晴らしさと、死ぬ素晴らしさ。その違いを分からないようで、分かっていたのかもしれない。


 「生きるも、死ぬも、そう変わらないのか」


 そう寒空の下で呟いた。唐傘お化けを広げる。眠そうに空を仰ぐ倉掛絶花の姿があった。屋上の片隅で紙コップのコーヒーを飲みながら、何も考えずに真っ黒な空を見ている。


 「くっそ。砂糖も牛乳も多めにしたのに。やっぱり5段階のボタンが駄目なんだよ。もっと甘く作れるようにしなきゃ」


 懐からシロップを取り出して、紙コップの中に投入する。そして、一口。


 「やっぱり苦いや」


 それでも倉掛絶花は満足しない。


 大好きだったお姉ちゃん。命の恩人になったお姉ちゃん。誰よりも強かったお姉ちゃん。自分に生きる道しるべを作ってくれたお姉ちゃん。そんな本来ならば会えるはずもなかった姉の姿を思い出す。父親が違う、育った環境が違う、生きてきた世界が違う。殺されてしまった。姉に二度と会えない可能性の方が高かった。なのに、二人は運命的な出会いが出来た。


 「俺とお姉ちゃんは巡り会えた。これは運命の悪戯とか、神様がくれた奇跡とか、そういう表現になるのかな。俺は……」


 真横にお姉ちゃんがいつも居てくれる気がする。どんなに苦しい時も、悲しい時も、傍で姉が肩を押してくれる気がする。彼女は絶花の心の中で生きている。…………そんな気がして。


 ★


 真横に、『倉掛百花』がいた。


 ★


 「お姉ちゃん!!」


 「違うよ。あたしだよ、あたし。竜宮真名子だよ」


 違った、姉が傍にいるという妄想を抱いてしまった。人が回想に老けている時に、そっと傍によるとは、なんて無粋な野郎だと思ったが、相手は本物の乙姫様で五芒星だ。文句など言えるはずがない。竜宮真名子はあの事件以来、緑画高校に在籍しているが、何かと絶花を気遣っている。自分が姉の代わりになったつもりらしい。


 「倉掛絶花。私の事をお姉ちゃんだと思っていいんだからね」


 「思わねーよ」


 「さっき、お姉ちゃんって言ってくれたくせに」


 「あれは本当にお姉ちゃんが帰って来たのかと思ったの。ちょっとびっくりしただけだ。驚かせるなよ、ソッチこそ。乙姫様ならもっと存在感だせよ。音もなく忍び寄るなよ」


 「別に普通に近寄ったのに……」


 彼女も手に紙コップを持っていた。同じ自動販売機で買ったのだろうか。中には真っ黒の珈琲が入っている。箱入り娘が自動販売機を使えるようになったとは、大きな成果だ。

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