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大将

 私の弟をなにか偏屈な目で見ていたのは確かだ。あの自信満々な態度、部下を小馬鹿にする嫌味な感じ、捕獲不能な妖怪を持つというステータス。どこかで私は弟を全国でも有数の実力者だと勘違いしていたかもしれない。


 「確かに地元じゃ負け知らずだけど。妖怪頻出都市でもない、悪霊が寄ってきそうな人がごった返している町でもない。こんな田舎の町でナンバーワンでもねぇ」


 「つまりレベル3の悪霊を撃退できる実力なんかないと?」


 「いや、そんな奴を倒せるのは全国でも片手で足りるほどの人数しかいないだろうよ。俺じゃなくても無理だって。例えば……陰陽師のお館様なら倒せるかもしれないけど」


 倒せる見込みができない……この町に留まっていては……確実に柵野眼に殺される。だからって誰に頼みようもない。私は陰陽師に詳しくはないのだから。そもそもである。どうして私が狙われているのだろうか。


 「狙われている理由とか分かる?」


 「意識のある悪霊の気持ちなんかわからないよ。それこそ完璧に成り済ます為にコピー元を抹殺したいとか? でも、それにしては執着しすぎか。お姉ちゃんの話から推測すると、『人類に負けたくない』ってきもちじゃない?」


 人類に負けたくない……。歴史の教科書になると言っていた。奴が歴史に残る戦の大将になって、歴史の教科書に戦国武将が如く、名を連ねようという魂胆か。


 「それより……お姉ちゃんの特異体質を暴きたいのかもね。妖力を体内に持たずして、陰陽師として契約や妖力の循環を成功させた人類初の稀有な例。それは悪霊にとっては最重要危険人物じゃない? だって、お姉ちゃんの技術を一般化に成功すれば、全人類が陰陽師になれるって話になっちゃうもん」


 そんなに凄いことなのか……。あんまりにも自覚がなさ過ぎて、あまり話がピンとこないのだが。正直、面倒な話である。こんなことになるのだったら、弟の仕事場など不用意に近づくんじゃなかった。


 「どうしてこんなことに……」


 「お姉ちゃん、とりあえずこの件が俺たちだけで解決できる範疇を超えたことだけは確かだから。俺が手配して本部に掛け合ってみるよ。まあ……あの数日前の大戦争で一番の被害を被った陰陽師機関本部の御門城が再建を成功させているとは思えないけど」


 本部、御門城、大戦争。私には陰陽師の世界のことは分からないことだらけだ。今から勉強して間に合うだろうか。いや……そもそも私は陰陽師として存在してもよいのだろうか。


 「あのさぁ。その……私って陰陽師って名乗っていいの?」


 「いいんじゃね? 昔はちゃんと正式な本部の了解を得た感じで認可を受けなきゃ無理だったけど。今は本部は壊滅して、地方も殆どが未だに起動を回復していない。今更ルールもなにもないよ」


 ……柵野栄助という奴が陰陽師機関を破壊した。奴の口ぶりからして恐らくそいつは誰かが倒したのだろう。だが、その残した爪痕は大きかった。そして……後継者がすぐさま現れた。


 「これって非常にマズイんじゃない? 柵野眼って柵野栄助の娘なんでしょ? じゃあ……今の態勢が崩れた陰陽師機関が後継者に襲撃されたら今度こそ御終いなんじゃ……」


 「お姉ちゃん。その場合は陰陽師が御終いなんじゃなくて、日本全国が御終いだからね。全人類が滅亡の危機だよ」


 洒落ではない。全人類の危機に直面しているなんて。唖然として声が出なくなった。体が硬直してスプーンが動かない。


 「でも後継者ってのはハッタリかもね。俺も又聞きで悪いんだけど、レベル3になった悪霊は須らく柵野栄助にそそのかされた連中なんだ。レベル3の悪霊は全て柵野栄助の子供を名乗っていいくらいあるんだよ」


 だから後継者という言葉に引っかかるのだ。もし奴が他の悪霊と違って『特別な施し』を受けていたのならば。


 「歴史の教科書……」


 「柵野眼が目指している物でしょ、それ。それが分からないよな。奴の能力は『変身』だったっけ? 見当がつかないよな」


 変身か。漫画でも特撮でもゲームでも使い古された言葉だ。進化と違うのは状態が元に戻ること。自分の姿というか、容姿というか、姿が複数存在するという意味だろう。


 「奴はお姉ちゃんの姿をとりあえずコピーしているんだっけ? あとは……どうなのかな」


 「具体的に変身している所は見ていないけど。本人が言うには、どんな分子レベルのミクロなサイズまで変身できるって言っていた。だけど……どうも不可解なのが、その弱点で……」


 奴は私に変身している最中に自分の悪霊としての強さを失っていた。悪霊ならば出来るだろうという瞬間移動とか、理不尽なパワーとか、物体浮遊とか、人体憑依とか、そんな一般人が受けたらひとたまりもないようなことをできなくなっていた。明らかにパワーダウンなはずである。


 「弱点ねぇ。でも、あいつはそれだけ他人の特徴を完璧に再現できるなら、今度はお姉ちゃんが契約している蒲牢を従えたパワーも使えるかもね」


 つまり私は奴の強さに追いつくことは一生不可能で、その逆も然りというわけか。


 「それにしてもお姉ちゃん。凄い分析力だね。なんか倒す気満々じゃん」


 私だって本当は丸なげしたかったのだ。そうする予定だったのだ。でも……このバカが頼りないから。勝てないとか言うから。

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