立役
本物の悪霊がそこにいた。溢れ出す怨念で彼方まで八岐大蛇の妖力のみを吹き飛ばす。白い服、白い爪、白い肌、漆黒の髪、そして狂気のオーラ。紛う事なき本物の悪霊。そして、顔は……生前の倉掛百花の姿そのものだった。
「誰かを恨まずにはいられないんだろ?」
八岐大蛇の思念体が語りかける。爆発寸前の起爆剤が渦巻くように宙を舞う。真っ黒の悪意を空中にバラ撒きながら、形なく飛び回る。影のような、闇のような、毒のような、悪のような、嵐のような、荒れ狂う黒い残留思念。
「私もだ」
だが、そこにあったのは、妬み、嫉み、憎しみ、僻み、苦しみ、怒り、悲しみ、そんな人間ならば誰もが心に持っているような、腐の感情。そんな取り留めない悪意を持って、八岐大蛇の妖力は消えかかっている。倉掛百花の振動の能力によって。
「ああぁぁぁぁぁあああ」
「っつ」
八岐大蛇は退治される過程は詳しく描写されているが、その誕生の日は詳しくは書かれていない。その悍ましい神獣はいつ誰が生み出したのだろう。もしかしたら、奇跡の確率で生まれた化け物でも、神々の悪戯でもない、生き物の悪意のそのものかもしれない。
恨めしいと思う気持ちそのものが具現化した怪物。
★
倉掛百花はもういない。彼女の姿はこの後、誰も見た者はいない。成仏したと語る人間が大半だが、やはり悪霊として生きていると語る連中もいる。だが、そんな事は誰にも分からない。八岐大蛇の半身であった新しい天叢雲剣も消え失せた。これで完全なる封印完了である。これから蛇石の進入禁止はより強固な物になるだろう。
倉掛絶花と竜宮真名子は保護された。緑画高校の面々が萎れている彼を抱き抱えて学校へと連れて帰る。その中で土御門カヤノが公式に謝罪をした。八岐大蛇を復活させた件と、倉掛絶花を誑かした件である。これで一応は全ての問題が一段落した。
竜宮真名子はしばらくして病院の上で意識を回復させて、元気を取り戻した。彼女は以前と変わりなく生きている。倉掛百花だけに死を押し付けて、自分は生きている事を悔やむ彼女だったが、それでも生きろと理事長や他の面々が説得した。
党首は問題なく相良十次に決定した。五人の五芒星がここに揃い準備は整ったのである。淡路島において党首任命の儀式は早々に執り行われた。ここで語る事は少ない。何もかも予定通り進行して、滞りなく終了したから。五人の五芒星の任命権により、これで相良十次は新しい党首として正式に任命された。
矢継林続期は思惑通りと喜んでいる。この戦いを振り返るに、彼女が一番に功績が大きいかもしれない。彼女こそ影の立役者である。最後の相良十次の悪霊の力を使う姿には驚いていたが、それも順応してしまった。任命式後もにゃーにゃー言って、新党首に抱きついていた。
白神棗は最初から最後まで嫌そうな顔をしていたが、彼女も一応は彼を党首として認めていた。竜宮真名子の悪霊化により逃げ出した、自分の行動へのケジメらしい。誰も来ない旅館は他のメンバーに任せて、彼女は陰陽師として再び鍛え直す選択肢を選んだ。理事長曰く反対勢力は存在すべきだという事で、これから彼女も緑画高校へ転入するらしい。
土御門カヤノはもう倉掛絶花を党首に推薦するとは言わなくなった。あれだけ迷惑をかけた後で、もう意見を言える立場ではない。八岐大蛇復活という体罰を成した連帯責任は重い。しかし、それを咎めない相良十次の姿を見て、少し心が痛む表情だった。彼女は学生という立場ではないが、彼女なりに新しい政権に貢献するつもりらしい。名門である土御門家の生き方を貫く為に。
因幡辺だが、任命式のすぐ後に記憶を全て忘れて、妖力も消えてなくなり、陰陽師ではなくなっていた。驚くことに式神であった白兎も白溶裔の姿も消しており、彼女は平凡な中学生に戻っていたのである。それも喋り方も標準語に元通り。あの間違った江戸っ子の喋り方など話さなくなっていた。この姿を見て理事長は、『白兎が本体だったのでは!?』と語っているが、真実を知る方法などない。
竜宮真名子は元通りになった。竜宮城でまた母親と再開した時には、涙を流しながら二人で抱き合った。実に8年ぶりの親子の再開である。これを期に箱入り娘は脱する決意をしたらしく、彼女も緑画高校へと出向き、新しい党首のサポートをする決意をした。新しい陰陽師の門出に自分も必要だろうと。
倉掛百花の葬儀は龍宮城を貸切にして盛大に行われた。全ての五芒星が集結し、新党首である相良十次を始め、理事長である渡島塔吾、その他の全ての関係者も参列した。倉掛一輪も姿を現し、無念な死を遂げた自分の娘を嘆いていた。彼女は自分の娘がこんな死の形を迎えている事を知らなかったのだ。愛する者の2人の死を受けて立ち直れないくらい落ち込んでいた。それを倉掛絶花がずっと背中を摩っていた。
竜宮真名子は我が親友の死を誰よりも悔やんだ。倉掛百花という存在を失った心の悲しみは誰にも埋められない。死んだからこそ意味が有る。彼女の魂は多くの人の心の中に植え込まれたのだ。
そして、倉掛絶花は……。




