転入
それでは姉の死んだ事に意味がない。陰陽師の腐った風習がこの惨事を巻き起こしたのだ。それなのに、殺された本人が、そんなの原因じゃないと言い出すなんて。
「ちょっと……なんだよ、それ」
「私が死んだ理由は誰のせいでもない。誰が悪い訳でもない」
「そんなぁ」
「悪霊が生み出される理由は『怨念』によるもの。誰かを妬む気持ち、羨む気持ち、怒り狂う気持ち、許せない気持ち。それが道連れを引き起こす。私を初めは陰陽師そのものを恨んだ。組織を崩壊させようと考えた。その後も陰陽師という組織が正しくなれ、なんて分不相応な事を思った。でも、私は間違っていた」
絶花がまた今にも泣きそうな顔をしている。それを倉掛百花が悲しそうな笑顔で言い放つ。
「私が死んだ原因は私にあるの。世話焼きな性格で父親を苦しめて、愛想よく振舞わないで、母親を引き止められなくて、父の仕事のストレスを増やしてしまった。悪条件が重なったと思う。日本の一般家庭よりは不幸せな家族だったかもしれない。でも、貧乏とか仕事がないとか関係ないよ」
倉掛百花は自分の右手を平げて、手の甲を見つめながら悟るように語る。
「お金が無くても、母親がいなくても、仕事がなくても、幸せな家庭はある。大金持ちでも、両親健在で子沢山でも、超一流の会社員でも、不幸せな家庭はある。だから……人と比べるのをやめたの。人を恨みたくなるから。人の幸せを奪いたくなるから」
幸せとは、他人の幸せを奪う事で成り立っている。昔の倉掛絶花ならばそういう結論に至っただろう。
「他人を不幸にする事は簡単。でも、人を幸せにする事は至難の業。だから、私の幸せは誰かに奪われてなんかいなかった。誰も私の幸せを奪ってなんかいない。私が勝手に不幸せになって、それを私は他人のせいにしているだけ」
本人がそう言っても誰も納得しないだろう。特に倉掛絶花は飲み込めるはずがない。彼女の母親を奪ったのは、紛れもなく自分の父親なのだから。
「でも、私は最後に貴方を幸せにする。最後の姉の力を振り絞って。私の幸せを、もし誰かに分け与えられるならば、それは貴方に与えるわ。能力でも、妖力でも、怨念でも、エネルギーでもない。きっと、私が貴方に伝授出来るのは、それだけだから」
倉掛絶花が欲しがっている物を知っているから。サンタクロースにでもなったつもりで、彼女はそれを届けるつもりだった。倉掛絶花にはそれを自力では手に入れられないだろうから。
「絶花。見て……」
★
振り返るとそこには複数の人間の姿があった。緑画高校の生徒が大多数である。先ほどまで近くにいた因幡辺に、八岐大蛇復活の共犯である土御門カヤノ、面識の薄い白神棗に矢継林続期。五芒星の面々がそろい踏みだ。それから理事長に、相良十次も列の前にいる。
手を振っている者、手を拱いているもの。ひたすら笑っている者。険しい顔をしながら明後日の方向を向いている者。様々な人間が一堂に会している。
「打ち合わせしていたの。この戦いが全て終わったら、皆で貴方を探しに行こうって」
「なんだよ、アイツら……」
「貴方を迎えに来たの。貴方は妖怪の総大将である『ぬらりひょん』を倒した英雄だから。絶花、貴方はこれから緑画高校に通いなさい。これから転入するの」
「俺みたいな妖怪を奴隷と思っていた人間が……」
「今はそんなに思っていないのでしょう? それに、あの剽軽な理事長はそれくらいで追い出したりしないわ。きっと歓迎って言うと思う」
「俺は八岐大蛇を復活させて、皆を危険に晒した……」
「お姉ちゃんが尻拭いしたから大丈夫」
「俺は誰とも仲良くなれない。きっとまた嫌味な事を言って嫌われる。皆から爪弾きにされる。除け者にされる。また独りになる。お姉ちゃん、死なないでよ。俺を幸せにするって言うなら、俺を独りにしないでよ。俺も一緒に死ぬよ」
「駄目、絶対に駄目」
「何でだよ。もう俺は疲れたんだよ。去勢を張るのも、意地を張るのも、見栄を張るのも、根拠なく威張るのも。裏で誰かを守るのも。もう疲れた、今回の件で俺には向いていない事が分かった。俺は死んだ方が人類の為なんだ。だから……」
「絶花」
返答しなかった。途中から聞いてすらいなかった。弱音など聞きたくもない。自殺願望なんて言われても、励ましもしないし、アドバイスもしない。それでも……。
「絶花、笑って」
唐突にそう言った。苦しみを考えず、憎しみを忘れ去り、痛みを隠し、悲しい顔を取り繕いながら。
花びらのような蔓延の笑みで笑った。
「絶花、一緒に笑って。細かい事を考える必要はないの。何も考えずに生きなさい。走りたい道を走って、転んだら転んだ事なんか忘れて。いつでも笑っていて」
もう何の理論にもなっていない。さぞ有難いお言葉で説き伏せるかと重いきや、もうただの根性論だった。肝心のお姉ちゃんが何も考えていないのではないか、そう思えるくらいに。でも、疲れが吹き飛んだ気がした。
「考えすぎよ、絶花」




