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自棄

目を疑うほどのソプラノボイスだった。暗雲の下に空中を滑空する骨だけ鯨の口が微かに動いている。恐らく念力のような物で声を出しているのだろうが、あまりに予想しなかった声だったので、目を丸くしてしまう。


 「誰って、お前の宿敵だろうがぁぁぁ!! 蒲牢だよ、大昔にお前と日本海で激しくぶつかりあっただろうがぁぁぁ!!!」


 「知らん」


 相手にされていない。眼中に無いというか、もう忘れ去られている。何なら迷惑だとでも言いたいような、気だるさを感じてしまう。ここまで野心を燃やして戦いに備えてきた蒲牢が馬鹿みたいだ。軽くあしらわれている。


 「え、宿敵っていう設定は?」


 「勝手に蒲牢がそう思っていただけで、化け鯨は相手にしていないみたい」


 「違う、本当に覚えていない。あんな龍なんぞ知らん。知らんと言ったら知らん」


 「おー、煽る、煽る」


 倉掛兄弟の顔がだんだん気まずいようになった。ここで運命の宿敵と最終決戦となり、自分たちはその戦いに巻き込まれるとばかり思っていた。結論はそんなまばゆい展開にはなっていない。凍りついたような空気になってしまった。


 「馬鹿にするのも大概にしろよ!! 俺は今までの数千年間、片時もお前を忘れた事などないわ!!」


 「そうか。それは可哀想に」


 「あわれれむな!! 思い出せ!!」


 化け鯨がため息のような声を出した。闘志など微塵も感じない。まさか龍の子供である蒲牢をここまで軽くあしらうとは。化け鯨って本当は凄い妖怪なのかもしれない。捕獲不能の認定は伊達ではないようだ。


 「絶花、よくそんな妖怪と契約出来たわね」


 「うん。その卑屈さが気に入ったって」


 「人間嫌いの気持ちがシンクロした」


 化け鯨の声が絶花に重なる。化け鯨は出雲の国に災いを齎した。村を焼き払い、流行病を伝染させ、狂気を撒き散らし、村を崩壊まで追い込んだ。厄災を呼ぶ恐怖の妖怪である。本来ならば妖怪は子供は好きなのだが、化け鯨も性格が捻じ曲がっている絶花に惹かれる物があったのかもしれない。今はその感情が消滅しても、契約は妖怪側から破棄することはできない。


 「なんだこれ」


 蒲牢の怒りが頂点に達した。自分の思い通りにならないから。長年の恨みを馬鹿にされた、宿敵だと思っていた相手から軽く見られた、仲間を裏切って出し抜いてまで優位に立ったのに、その結果がこれである。半狂乱になる気持ちも分からなくもない。


 「俺を誰だと思っている。あの龍の息子で、咆哮を司る、世界的に有名な神獣だぞ!!」


 世界的に有名は話を持っているし、龍の息子の割に空は飛べないし、声が五月蝿くて威厳とか感じられないし。基本的にキャラクターからして三枚目いうか、あまり最後に笑うのに相応しい奴ではないのは確かだ。


 「こうなったら自棄糞やけくそだ。全員まとめて叩き潰してやるぜ」


 そういう台詞がもうカッコ悪いって。そう言う間に奴の気が緩んでいたので、身体の中の妖力を逆に奪い取った。妖力吸収は本来ならば陰陽師が式神に対して行うもの。式神が陰陽師から妖力を奪えない事はないが、優先権は陰陽師にある。それが問題だと今まで議論していた訳だが。


 「お、おい」


 激昂して怒り狂っていた姿から一転する。自分の力がどんどん奪い取られる事に危機感を感じて情けない声を漏らす。


 「真名子の意識を返しなさい」


 「わ、分かったよ。俺たちは仲間だよな、パートナーだよな。別に俺はお姉ちゃんと戦いたい訳じゃないからな。俺はあの化け鯨の野郎に復讐したいだけで……」


 「さっきかなり虚仮こけにしたよな」


 「いやぁ、悪かった。謝るから、もうしないから。仲良く戦うから」


 ドラ息子だ、やはり精神が未熟だ。これしきの困難ですぐに引き下がるとは。チラっとでも妖力の奪い合いになるなどと考えた私が馬鹿だった。すぐに竜宮真名子の意識も戻ってくる。そもそもこの身体は水の巫女である五芒星の物だ。龍を手懐ける事に関しては右に出る者はいない。


 「おかえり。真名子」


 (ただいま。百花ちゃん。弟君と決着はついたの?)


 「いいや。これからかな。さてと、蒲牢。ひと暴れして貰うぞ」


 「えっ、戦っていいの? もう戦いは無いと思っていたんだけど」


 そうはいかない。最終目的を、まだ果たしていない。倉掛絶花はまだ天叢雲剣を握り締めている。そして何より倉掛百花は生きている。このままで終われるはずがない。


 「お姉ちゃん、さっきと言っている事が違うよ……。さっきは絶対に殺させないとか言っていたのに。お姉ちゃんは何がしたいの?」


 「お姉ちゃんは今からお前と戦う。死なせない為に、その剣は粉微塵に破壊するつもり。だけど、たぶん私は貴方に勝たない。というより、勝てない。負けるまで貴方と戦う。こんな人生最後の咲き誇る瞬間に、貴方が自暴自棄になっていては駄目でしょ。私は貴方に笑顔になって欲しいの」


 倉掛絶花には分からない。どうして実の姉の魂を殺して笑顔になれるだろうか。罪悪感が心に残るだけだ。後悔が心に渦巻くだけだ。


 「俺はもう、お姉ちゃんを殺そうとなんて思っていないよ。だから……」


 「それは困るわ。私は悪霊なのだから。この世界から消えなくてはならないの。でも、最後に貴方と笑い合いたい。だから……私を助けて。倉掛絶花。私の魂を生前の姿に戻して。私を死の呪縛から開放して」

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