蛮勇
あくまで倉掛百花を倒しきるつもりだ。臆する様子は一切ない。と同時に話を聞いてくれる様子もない。倉掛絶花は強く自分の運命を決心している。と同時に自分の生命を諦めている。
「蛮勇ではありやせんか? 貴方がしている事は愚かだ。中学生が自惚れるなよ」
「お前こそ、お姉ちゃんの恐ろしさが分かっていないんだ。俺は命をかけて責任を取らないといけないんだ」
因幡辺は呆れていた。自分の身体の中で、自分を陰陽師として覚醒させてくれた天照が嘆いているのを感じた。天叢雲剣は三種の神器である。元は弟であるスサノオが天照大御神に献上した物だ。だから、その剣の恐ろしさは彼女が一番に知っている。伝説の剣など勘違いも甚だしい。あれは世界最凶の妖刀だ。元が八岐大蛇から生成した物だと、どうして分からない。
「これだから中学生は嫌いでござんす。自分の間違いに気がつかない。自分の事を棚に上げて揚げ足取り。自分の事だけど中心に物事を考える。ドイツもコイツも、周りに流されるだけのクズにして、批判家気取りのお調子者だ。批判家になるにも『資格』が必要なんですよ。それも無いのに、『僕の考えた最強の正論』で物を語るな」
「…………耳が痛い。昔の俺なら喧しく言い返しそうだけど、やめておく。周りに流されるって部分は当て嵌らないけどな」
「アッシも中学生ですけどね」
「おい」
ここを離れる訳にはいかない。倉掛絶花は昔のように他人の意見を聞き入れない人間ではない。無作為に否定して、批判して論破するような、そんな真似はしない。ただ、それを鹹味しても、それでも自分が正しいと思った。姉は殺さねばならない、自分もその為ならば死ぬしかない。倉掛絶花の決心は重い。
「この場所は引き下がれない」
「アッシ、陰陽師を断罪する陰陽師でござんす。五芒星の言う事に逆らう人間がどうなるか、ご存知じゃないとでも言いやせんよね」
「上下関係は駄目じゃなかったのか?」
「case-by-caseでござんしょう。アッシはこれでも神の使い。上司でもなければ、先輩でもない。これは神の啓示でござんす。陰陽師の起源者である天照様からのお達し。そう言えば引き下がってくれますか?」
「お姉ちゃんを…………殺さないといけないんだ…………」
「殺す必要はありやせん。何度言えば分かりやすか? お姉さんを殺して自分も死ぬ。それに何の意味がありやすか? 貴方は天叢雲剣を放棄する。そしてお姉さんを楽に見送ってあげる。どうしてそれが出来やせんか?」
それに本当に殺されては困る。中には復活した竜宮真名子の魂もあるのだ。今は共同で倉掛百花も入っているが。その身体を四方分解でもされたら、五芒星の一角がいなくなる。これでは任命式が行えない。相良十次を党首として任命出来なくなる。
倉掛絶花はモジモジしていた。自分の思い通りにならない苦痛を味わった事がないから。味わっても絶望してきたばっかりで、真面に向き合わなかったから。何も絶えず、何も忍ばず、何も乗り越えなかった。楽な方へ楽な方へ逃げてきた。自分の一大決心を否定されるなんて倉掛絶花には耐え難い苦痛だ。
しかし、言い返せない。口八百並べられるが、それも躊躇われる。それでは今までの腐った自分のままだ。何も成長していない証拠だ。ここで因幡辺の指示に従わない時点で、やはり性質は変わっていないのかもしれない。人間の本質はそう簡単には変わらないのだ。
爪を噛んだ、頭を掻き毟った、下唇を噛んだ、目をギュッと瞑った、歯を食いしばった、化け鯨の上でイライラを現すように貧乏ゆすりをした。目は真っ青で呼吸は荒く、下を向いて蹲る。
「俺は……今まで何の為に……」
「そんな過去を振り返っている暇はありやせん。とっとと、その妖刀を捨てなさい。取り返しがつかなくなる。もう必要ない事は分かったでしょう。貴方が殺さずとも、お姉さんはじきに…‥じきに……」
消える。成仏してこの世から消えていなくなる。およそ8歳の時に殺された哀れな小学生に戻る。可哀想だ、救いようのない話だ。
「これ以上、彼女を苦しめないでくだせぇ。彼女はもう最高地点まで苦しんだんです。もう許してやってくだせぇ。父親に殺された後は、弟に殺されて、その弟も死ぬなんて、あまりにも倉掛百花の姉さんが可哀想でしょう」
姉を救おうと奮闘するならまだしも、姉を殺そうとして息巻いている。そんな自分が惨めに思えた。
「さっきから気になるんだけど、お姉ちゃんが死ぬってなんだよ」
「成仏するそうです」
「待てよ。お前が成仏しろってお姉ちゃんに強要しているのか」
「違います。彼女が言い出した事です。言いだしっぺは竜宮真名子でしょうけど。身体の中のもう1つの人格である彼女が諭したのでしょう」
「誰だよ、ソイツ」
もう冷静な判断も取れなかった。竜宮という苗字が五芒星の名前で、琵琶湖で戦った絶花ならば連想は簡単だろうに。もう倉掛絶花は落ち着いていないのだ。
「彼女の元の身体の持ち主が復活しました。彼女は水の巫女の五芒星である竜宮真名子です」
「そんなことは聞きたくもない!!」
大声で叫んだ。もう八岐大蛇の精神汚濁は解けているはずなのに、それでも心は洗われなかった。錯乱して情緒不安定で、何も考えられなくなっている。頭を抱えて魘されるように倒れこんだ。
「俺は結局、なんだったんだよ!! これまでの戦いはなんだったんだ!! 俺のお姉ちゃんは、お姉ちゃんは!! お姉ちゃんは!!」
8歳の頃に既に死んでいて、悪霊になって、もう成仏すると言っている。再開したのは偶然。ただの柵野栄助の気まぐれが運んできただけ。今までの八岐大蛇の復活の件は文字通り蛇足であり、党首任命の件も滞りなく終わりそうだ。
姉と再開した偶然は、倉掛絶花の心を壊した。そのまま姉はいなくなる。8歳の頃に元は死んでいた。会う事なんて絶対になかったはずなのに。その彼女が消えてしまう。
「意味がなかったのかよ!!! お姉ちゃんが今まで生きた意味は無かったのかよ!!!」
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「おまたせ、絶花」




