堆積
八岐大蛇をズタズタに引き裂く。言刃は空間そのものを引き裂く。いくら蛇の革に硬度があろうとも、この技には関係がない。いつもは切れ味が高すぎるこの技をセーブして使っているが、今回は相手が相手だから遠慮なく技を放てる。
「最古の頂点のお前と、現在の頂点のわたし。どっちが強いかなんて明白だろう」
六本の首が紙切れのように切断された。電撃と斬撃と衝撃波で土地そのものを破壊していく。レベル4の悪霊ともなれば、都市を崩壊させる事なぞ造作もない。今まで爪を隠していただけで、本来の柵野眼の全力はこんな物ではないのだ。
「お前は多くの生物を殺しすぎた。人を殺す行為にいかなる状況も正義は宿らない。人を殺す事を許容する神様がいてたまるか!! お前は絶対に許さない。お前には半分八つ当たりみたいな感じで戦いを挑んだ気持ちだったけど、今は違う。全力でお前を断罪する!!」
怒りがこみ上げていた。怒りは撒き散らす物ではなく、何か1つの物に押し付けるものである。空気を圧縮させて、巨大な空間の歪みを作っていく。そこに惜しみなくレベル4の悪霊の妖力を注ぎ込んでいく。コイツさえいなければ、絶花と明るくお別れ出来たかもしれないのだ。コイツはそんな大切なチャンスを踏みにじった。
「お前が神々の生み出した化け物だとか、太古に名前を馳せた最強の妖怪だとか、土地と融合した巨大な蛇だとか、そんな設定はどうでもいい。お前は私の最後の最後の幸せまで奪った!! 少しくらい弟と仲良くする時間をくれても、良かっただろうがぁぁぁ!!」
有りっ丈の衝撃波を叩き込んだ。それはもう土地そのものを地面に押し潰す感覚で。日本列島に大穴でも開ける勢いで。紫色の妖力が八岐大蛇の胴体を消滅させていく。膨張した空気が落下した大蛇の首をかき消していく。
柵野眼の魂の波動が轟いた。
紛れもない一途な悪意。
★
「アッシ、因幡辺と申しやす」
「興味ない。そこをどいてくれ」
倉掛絶花は化け鯨に乗って、開門海峡から逃げた倉掛百花を追いかけていた。だが、その前に待ち構えていた人物がいる。名前を因幡辺。倉掛百花が八岐大蛇を倒しきるまでの時間稼ぎを勝手でたのだ。白溶裔はいなくなったはずなのに、不自然にも空中飛行出来ている。その身体からは、どこは神々しさを感じる。
倉掛絶花の精神汚濁は止まっていた。八岐大蛇が消滅したからである。八岐大蛇はまた眠りについた。蛇石に戻り、無差別破壊活動は完全に止まった。だが、残した爪痕は甚大だ。荒れ果てた木々、焼け焦げた森林、汚染された川、堆積した岩石がくっきり見える程の大穴。この辺一体の場所は、もう元の場所はどこなのか、それすら見当がつかないレベルに壊滅している。
「終わりやしたか」
「お姉ちゃんが八岐大蛇を倒した……」
「えぇ。ですから我々が戦う理由もありやせん。その調子だと正気に戻られたようですね。結構、結構。これで晴れて万事解決でござんす」
「………………」
倉掛絶花は確かに意識を取り戻していた。意識はまだ朦朧として視界がぼやけて、頭を手で押さえて苦しそうである。だが、本丸が死んだ以上はこれで彼が苦しみが悪化する事はない。
「解決していない。俺たちの敵は『ぬらりひょん』でも『八岐大蛇』でも無かったはずだ」
「虚ろいでいた時の記憶がある。驚きやした」
「別に洗脳されていた訳でもないからな。俺は確かに理性が消えかかっていたが、気持ちには正直に行動していた。陰陽師に仇名す敵を粉砕する。まずは党首様を守る。そして……レベル4の悪霊を倒す」
「その辺は土御門カヤノと食い違っていやすね」
絶花は化け鯨の上で胡座をかいている。腰から鞘ごと天叢雲剣を取り出すと、曇天に向かって掲げた。
「俺は弟として姉を攻略する為に、この刀を手に入れた。俺は姉ちゃんを倒す」
「滅多なことを言わないで下さい。お姉さんは貴方が殺すべき相手じゃない」
「でも、このままじゃ世界が……」
「大丈夫でござんすよ。倉掛百花の姉さんは……もう長くはないでござんしょう。それは貴方も同じ。天叢雲剣に手を出せばどうなるか、下調べをしていない訳はないでしょう」
「あぁ。俺は死ぬ覚悟は出来ている。それよりも、お姉ちゃんが長くないってどういう意味だ」
「貴方が弟として責任を感じていたように、彼女もまた責任を感じているのです。心を痛めて、絶望に打ちひしがれて。挙句の果てに弟の仕出かした大災害の後始末ですよ」
「レベル4の悪霊に比べれば、八岐大蛇なんて可愛い物だろ」
「そういう口は倒してから言ってくだせぇ」
正論に黙るしかなくなる。確かに倒そうと思っていた相手に、ここまで尻拭いをされては面目が立たない。しかし、過程などどうでもいいのだ。姉を殺す準備さえ整えば。
「俺はお姉ちゃんを殺して俺も死ぬ。これで世界は救われる」
「そうはいかない。今考えるべきは、貴方がどうやって生還するか、という事でござんしょう。今からでも遅くはない。その刀を捨ててくだせぇ。最悪の事態が訪れる前に」
「嫌だ。これが無くなったら、お姉ちゃんを倒せない」




