抹茶
★
「お姉ちゃん。昼から先になにがあったの?」
「うん、え~とね」
倉掛家へ帰還した夕食。父親と母親は仕事の影響でともに出来なかったので、私と絶花だけとなった。どうやらまだ片付ける内容が半分以上終わっていなかったらしいが、どうも後片付けは放棄したらしい。とんだ駄目指揮官である。先導者としては完全にアウトだ。
夕食は私が作った。なんて、あいつが料理に参加すると、どんな料理にも砂糖塗れにしかならない気がする。ミキサーとかで苺シャーベットとか作る気がする。至極邪魔なので厨房には入れてたまるか。
「カレーか~。どれくらい甘口?」
「甘口じゃねーよ。普通に辛口だよ」
「お姉ちゃん!? カレーという食べ物が辛いなんて……そんなギャグはいらないんだよ!?」
支離滅裂なので無視することにした。
「俺は甘口しか食べないよ。俺は市販で売ってある甘口ですら『甘くない』って講義するくらいの男だからね。最近のカレーはイメージ重視だからってお子様カレーまで辛くしやがって。お子様が食べられる甘さじゃねーよ」
更に支離滅裂になってきたので、そろそろ本題に入ることにした。
「おい。あの後だけどな。弟よ」
「隠し味に生クリームと練乳シロップとチョコビーンズを……」
「入れるな!!」
と、叫ぶ私の声を無視し返され、奴の投下した糖分どもはカレーを鮮やかに彩ていった。ホワイトカレーなんて今じゃ珍しくもないかもしれないが、それでも奴の皿のホワイトカレーは何やら汚らしい。
更に口に含んで一言。
「辛い。舌が焼ける」
「もう勝手にしろ」
こいつの甘党好きもほどほどウンザリしてきた。少しは慣れてきたという実感があったが、結論から言ってやはり慣れなどしなかった。こいつと向き合って食事をすると、食欲が激減する。弟ダイエット。なんちゃって。
「お姉ちゃん。カレーだったら俺が作ったのに」
「お前にカレーを作らせたら誰も食べれんわ!!」
「煮込む際にりんごとチョコレートとパルスイートとザラメと水飴を加えて、少し大人な味として抹茶アイスを……」
ここにまた新たな下手物料理の世界が切り開かれようとしている。そんな甘いカレーは誰も食べたくない。ただでさえ本格的カレー料理店でも甘口は嫌煙されて売上が良くないって聞いたのに。
「お姉ちゃん、世の中は甘くないんだから。せめて料理だけでも甘くなきゃね」
上手く言ったつもりだろうか。ムカッ腹が収まりそうにないのだが。
「お姉ちゃん。そんなに怒らないでよ。分かった、真面目な話をしよう。お姉ちゃんの話通りなら、俺が今回の作戦で取りこぼしたもう一体の悪霊と遭遇して交戦。蒲牢を式神にして難を逃れた……こんな感じ?」
「ざっくり言えばね……。ねぇ、絶花。悪霊に名前があったりするの?」
「そんな物はない……ここ最近の研究では覆されてきているけどね。陰陽師の最先端では、その話を信じている奴が多い。でも苫鞠陰陽師機関は地方田舎都市では、またお偉い様の科学者が嘘言っているとしか思っていなかったよ」
……嘘じゃないと思う。絶対に……。奴は確かな意識があった。最初は意味不明なことを連呼していたが、途中からは会話が成立していたし、自己紹介までされたら……奴を柵野眼だと認識するしかない。
「私はそのお偉い様が嘘をついているとは思えないよ。というか、それが真実だと思う。きっと奴は普通の悪霊じゃないんだよ」
不安が押し寄せた、だが絶望から……希望が生まれる。ピンチこそ最大のチャンスだ。ここでそのレベル3の悪霊とやらを仕留められれば弟は陰陽師として一攫千金を手に入れることができるかもしれない。
そしたら……この家から出ていくかもしれないのだ。マンションを借りれる金が貯まれば、あの不愉快な母親を連れてどっかへ行ってくれる。これで晴れて私は自由の身だ。陰陽師なんて危険な世界から脱出できるという流れである。
もっと言うと、あの悪霊は私を襲うと公言している。最初はその恐怖に怯えたが、逆に言えば私が襲われる瞬間に、弟が割り込んでそのまま倒してくれればいいのだ。襲われる場所が特定できるなら、これほど楽な話はない。
「これでお前も成金だな。いいか、お金が貯まったらさっさとこの家から……」
「いや、勝てない。絶対に勝てない」
…………は? 勝てない? いつもの謙遜な態度はどうした? 自己評価が高いことがお前の取り柄だろう。もっと生意気な態度をしろよ、こういう時くらい。なんでちょっと悄気た感じで下向いているんだよ。
「いや、あのね。レベル3の噂が本当ならさ。俺みたいな一般よりも少し強いくらいの陰陽師じゃ倒せないの。確かに俺は本来ならば捕獲不能レベルの大妖怪と契約しているけどさ、だから最強って話にもならないんだよね。しかもレベル3が相手って、通常のレベル2だって陰陽師が複数で囲んでようやく倒せる程度なのに……」
勝てないじゃん。絶対に私は殺されるじゃん。実は私の弟って……そこまで言うほど強くない?