神様
★
「アッシ、実は陰陽師ではありませんでした」
「…………ではなかったって?」
八岐大蛇を討伐しに行く。その道のりの中で因幡辺の式神である白溶裔の背中に乗って、上空を飛んでいる。その中で全速力で移動している中で、因幡辺は重苦しい目をしながら語りだした。
「陰陽師じゃなかったって、貴方は陰陽師を裁く陰陽師だとか取材陣に言っていたじゃない」
「あれは別に嘘じゃないでさぁ。五芒星の一員ですから。しかし、私は今まで陰陽師として覚醒せずに、眠るように一般社会に溶け込んで生きていやした。私の祖先は金の五芒星の巫女を残す為に考えついた手段は、輪廻転生でござんす。世界が危機に陥った時に、誰かその血をひく物が、この因幡の白兎によって陰陽師として復活する。そうやって五芒星が後世まで生き残るように考えたのでござんしょう」
他の五芒星も必ず生き残るように、何らかの手段を取っていた。しかし、まさか陰陽師そのもので無くなるとは、大胆な発想である。つまり、この状況はもう陰陽師にとって世紀末と考えて間違いないという事だろう。
「緑画高校の理事長が私だけは見つけられなかったのは、これが原因でさぁ。そもそも妖力を持った生き物じゃない。最大の隠れ蓑でござんす。木を隠すなら森に隠せ、陰陽師を隠すなら一般人に紛れ込ませろってことですね」
どうしてそんな重要そうで重要ではない事を言うのか。この、未曽有の危機に直面している移動中に。大真面目な顔をして、その目は信念に燃えながら。
「アッシ、今まで陰陽師では無かったですから、姉さんの気持ちが痛いほど分かりやす。自分が只の一般人だったのに、突然に世界の存命に関わる存在だと知った時の焦燥も」
「…………」
「アッシは陰陽師にはなりましたが、お坊さんでもありやせん。ですから、こんな質問は失礼とは存じますが……成仏出来ますか?」
「…………」
「誰の為に、何のために。貴方はそんな気持ちを整理して成仏が出来ますか?」
消えなくてはならない理由は幾多とある。レベル4の悪霊が世界に暴れ出したら手に負えない。もう何人も洗脳の餌食にし、人を1人殺めている。柵野眼はこれから人類の宿敵として生きる事になる。
「失礼。アッシは間違った事を言っていやす。本当ならば黙っておくべき事だったでしょう。あなたが自殺願望に駆られている間に死んでしまうのがベストのシナリオだった。しかし、そんな綱渡りはごめんでござんす」
綱渡り、その意味が分からなかった。だが、少し考えて分かった。私の心変わりだ。死ぬ瞬間に生き残る気持ちが浮上するかもしれない。八岐大蛇の毒に襲われて、過去の琵琶湖で身体の中に入り込んだ人格が復活するかもしれない。私が人間を殺す殺戮マシーンに変貌する可能性は十分にある。
「死ぬ決意を決めろって言いたいの?」
「アッシはそこまで偉い人間じゃないですよ。最初に言ったでしょう。大切なのはアナタが何をどうしたいか、でしょう。確かにアナタは一度は死んだ。そこで本来ならば不幸にも人生は終わりだった。しかし、アナタは今も生きている。これを是非と思うか、禁忌と思うか」
いや、答えは決まっている。許される事ではない。例え父親の無理心中で死んだ哀れな女の子でも、そこにいたのは紛れもなく1人の少女の存在だった。どんなに不運でも、それを嘆いて延命していては、本当の意味での生命の尊さの素晴らしさを損ねてしまう。
「生きる事は素晴らしい事です。ですが、死ぬ事だって素晴らしい事です。人間は大切な物を失うから、物を大切にするんですよ。アナタのその魂は輝いていますか? 誰かを恨んで、自分の不幸を嘆いて、無関係な人間を不幸にして。そんな事をアナタの魂は臨んでいますか?」
「………………」
「女の幸せは結婚でもあり、子育てでもあり、装飾でもあり、仕事でもあり、会話でもあり、そんな物は人それぞれです。ある人にとっては幸せでも、他の人にとっては不幸せかもしれない。幸せな人生に定義なんてありやせん」
「………………」
「アナタは幸せでしたか?」
「いいや。不幸せだった……と思っていた。でも、私よりも不幸な人間は山ほどいる」
「人類の歴史は死屍累々の屍の上に成り立っていやす。人類なんて殆どが苦労人の不幸人ですよ。でも、自分が幸せだと思うかどうか、最後はそれだけですよ」
因幡辺は自分よりも年下のはずなのに、少し大人びて見えた。少し輝いて見えた。絶対にこの霊界には光なんて届くはずがないのに、まるで太陽の暖かさを感じているようだった。涙が溢れてきた。この涙の正体は分からない。自分可愛さなのか、それとも幸せを噛み締めているのか。
「天照……」
「ここでお別れです。アナタはこの妖怪に乗って八岐大蛇を迎撃しなさい。倉掛絶花が追いかけてきている。この身体では恐らく時間稼ぎにしかならない」
「えぇ、絶花が!!」
「倉掛百花。幸せになりなさい。貴方が好きなように生きなさい。アナタは幸せになるの。生きるも死ぬも関係ない。楽しんだ者が勝ちなのよ」
そこにいたのは、きっと因幡辺ではなかった。もっと別の会うはずのない神様だった。
「倉掛百花。笑って!!」
★




