栄光
(お前は絶対にこの攻撃を回避しない。躱せばお前の後ろにいる奴らに斬撃が当たる。そうでなくても、毒が付着する。躱して仲間を失って絶望するか、それとも自分が苦しんで死ぬか。どう出てもお前は終わりだ。陰陽師に栄光あれ!!)
土御門カヤノは退屈から脱却出来た。最高の気分だった。
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「なんで?」
被弾したのは野槌だった。途端に倒れていた野槌の両側の上空から障子が現れる。黒い鎖が飛び出して、太い身体に巻き付き、そのまま状態を持ち上げられて、毒入りの斬撃を受けた。この瞬間を走馬灯のように感じていた彼女の目には、さぞ鮮明に光景が映っただろう。
「俺はお前から目を離していない。お前の手に天羽々斬がある以上は油断したくても出来ないよ」
「くっ、私の奇襲をよんでいたのか」
「違う。教えてくれたんだ。皆が、俺に。俺はずっと人目を気にして戦っていたのさ。お前だけじゃなくて、他のギャラリーの連中も」
「ソイツ等が私の奇襲を知らせたのか」
「厳密には違う。アイツ等の顔の動きや指を指している方向を確認していただけだ。だから、打ち合わせとか、連絡とか、そんな真似はしていない。俺がただ、格好良くお前に勝つ所を見て欲しくて、もしくはお前に無様に負ける瞬間を見て欲しくなくて、ずっと周りを気にしていた」
安倍晴明と同じ。パフォーマーだから。自己顕示欲が高いから。他人から承認されていないと、自尊感情を保ていないから。
「アレだな。お前が嫌いなことだろ。誰かの顔色を伺って戦うなんて」
「私はそんな戦い方をする奴に負けたというのか……」
「自分だけの信念を持って戦う。民意に流されない。人を気にせず自分の意思で行動する。そりゃあ格好良いさ。バトル漫画の主人公が言いそうな超格好良い台詞だ」
悲しい目をしながら、御札に目目連を戻しながら、傷ついて遂に動かなくなった野槌を眺めて言う。
「でも、それが正義だと誰が決めた? 漫画家か? 編集者か? 自分の意見だけを通して生きる人生が幸せだと誰が決めた。誰かに合わせて生きる事が不幸せだと誰が決めた」
夜憧丸までも御札の中に回収してしまう。いくら野槌が再起不能になったとはいえ、もう土御門カヤノを開放してしまって大丈夫なのかと、矢継林続期を始め緑画高校の面々も焦り顔を浮かべたが、彼女は意外にも暴れなかった。
「俺は嫌われ者だった。あの頃からグレていて、不良っぽい態度を取っていたからな。正直、怖がられていたと思う。皆から無視された、手堅くいじめも受けた、誰からも認めて貰えなかった。俺はそんな人生の中で自分が『一匹狼』の部類の人間だと思っていた」
地面に突っ伏している土御門カヤノの方へとゆっくりと歩んでいく。
「でも、あの腹立つ理事長と出会った。アイツから色々と現状を聞いた。これからの陰陽師は大きく様変わりすることを。これを聞いて俺は『猟犬』にでもなった気持ちだった」
声が枯れるくらい、大声で吐き捨てるように叫んだ。目を血走らせて、今にも泣き出しそうな声で。
「一般人を殺す作戦に参加した。俺の力で牢獄に閉じ込めて、殺めてしまった。世界を救う戦いから逃げ出して、俺なんかよりも遥かに才能無い奴に追い越されて、惨めな気持ちを味わって」
相良十次は柵野栄助を捕獲する任務に参加していた。そこで、無関係な一般人を巻き込んでしまった。その女の子は死んでしまった。その後、柵野栄助を討伐する任務には参加していない。別の誰かが倒してしまった。これには鶴見牡丹は参加している。
「俺は所詮は『羊』だった。無力で、価値が低くて、行動範囲が狭くて、他の羊とやっている事は同じだ。でも、自分を知って、世界を知って、宿敵を知って、子孫を知って。ようやく俺は陰陽師という羊になれた気がした」
倒れ込んでいる土御門カヤノに手を伸ばした。この頃には激しかった口調も穏やかになり、落ち着いていた。震える手を差し伸べる。
「俺は負け犬だ。人間関係で失敗した、陰陽師として失敗した、世界の危機に逃げ出した、新たなる宿敵に立ち向かえない。弱虫で逃げ腰で弱者で敗北者でパフォーマーで人の目が怖い。安倍晴明の子孫なんて恥ずかしくて本当は言いたくない。でも、今はプライドを語っていられる状況じゃない」
誰かが党首にならなければならない。指揮棒を振らなくては演奏は始まらない。最終決定権を持って全責任を被る存在が必要なのだ。
「だから……助けてくれ。俺1人じゃ狼に立ち向かえないから。俺だけの判断だと失敗する気がするから。精一杯俺の出来る事は頑張るから。俺を助けてくれ。お前が党首に相応しく無いと思った男を……お前の手で救ってください」
懇願する声だった。か細い声になり、泣きそうな情けない、力のない声だった。土御門カヤノはここでようやく気がついた。
「ツマラナイのは。退屈なのは。安倍晴明でも、蘆屋道満でもない。私自身だったんだ」
2人が互いを支え合うように、地面に崩れ落ちた。
「私が面白い人間じゃなかったんだ……」
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