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毒蛇

 夜憧丸が土御門カヤノを捕らえた時点で勝負はついている。このまま握りつぶせば殺す事だって容易い。この状況の囚われた側が逆だった場合は、もうこれで戦いは終わっていただろう。しかし、まだ野槌は健在であり、土御門カヤノには意識がある。まだ右手には天羽々斬は彼女の手にある。


 「殺してみろよ。相良十次」


 「なんでそうなる? お前は殺し合いのつもりでも、俺はお前を正気に戻したいだけなんだよ」


 土御門カヤノは不気味に分かる。彼女は精神は汚染されたが、思考は冷静だ。自分が殺されない事など分かっている。だからこそ、こんな絶望的な状況でも諦めていない。野槌は大きく振り返って、また相良十次の方を見て、舌舐りしながら虎視眈々と狙う。


 「チィー」


 「コイツをどうにかしないとな」


 相良十次が土御門カヤノから背を向けた。彼女がニヤっと笑う。


 「妖怪というよりも未確認生命物体だな。片手が使えないという状況で、夜憧丸で対処出来るかな……。いや、俺がどうにかするしかないか」


 「チィー」


 真っ赤な口で不気味な音を出す。ウネウネと身体をしならせながら、またジャンプの為に腰を屈める。


 「逃げるならどこまでも追いかけて噛みちぎれ!! お前のスピードと大きさならば、人間の脚力で逃げられない」


 絶対回避信号が続くまでは、例えそれが核兵器並みの攻撃だったとしても回避出来るだろう。しかし、相手は生物だ、蛇は相手を仕留めるまで何度でもしつこく追いかけて来る。時間制限が来て羽衣の効力が消えた場合は、もう回避は不可能だ。時間の差が勝負を分ける。


 野槌が勢い良く飛び出した。


 と、同時に遥か彼方から、見覚えのある斬撃が野槌を直撃する。丁度、真上からの奇襲だった。身体が真っ二つとはいかなかったが、橋の上に叩き付けられる。斬撃が被弾した音も、地面に落下した音も、かなりの轟音だった。


 「これって……」


 鶴見牡丹が思い返す。この闘いの最中に土御門カヤノが相良十次を目掛けて天羽々斬から斬撃を放ったことを。そして、それを目目連の障子の中に飛ばし、亜空間へ消し去ったことを。


 「引き戻した……」


 遅れてその場の全員が気が付く。反撃の手段を溜め込んでいたのだ。相良十次は自分自身を囮に使って、単細胞の野槌を罠に嵌めたのだ。


 「天羽々斬も伝説の剣で間違いないんだけどな、その斬撃で切れないとは、どんだけ分厚い肉をしているんだよ」


 スサノオと八岐大蛇との戦いが終わってから、ずっと身体の中に保管していたくらいだ。多少の斬撃では切れはしないだろう。しかし、傷は深い。油断していた為に妖力で壁も張っていなかった、受身も取れていない。野槌は痛がって、のたうち回る。


 「神の産んだ神獣に向かってなんと無礼な。いつかバチが当たりますよ」


 「食われるよりマシだ」


 白神棗がさらっと毒を吐く。それを相良十次は聞き流した。野槌は再起不能になった。のっぺらぼうでは、この状況を引っくり返せないだろう。肝心の土御門カヤノは身動きが取れない。これで全員が戦いは終わったと思った。


 だが、戦いは終わってなどいない。土御門カヤノは計算していた。勝ち目の無い野槌を捨て駒にして、派手に動き回らせ注意を引きつける。時間を稼がせるのが目的だ。土御門カヤノは脱出する事など考えていない。ただ真っ直ぐに、相良十次を殺す事を考えている。


 (油断したね……)


 土御門カヤノはまた、ニヤっと笑った。相良十次は背を向けて、コッチを警戒している様子はない。隙を見せたのである。夜憧丸に握られた自分の存在を無視していたのである。彼女の千載一遇のチャンスが巡ってきた。


 彼女は奥歯に仕込んでおいた、毒物が入っている瓶を取り出す。舌で器用に蓋を開けて、天羽々斬へと毒を流し込む。これは八岐大蛇から得た毒ではない。あくまで八岐大蛇から受けた攻撃は、精神を麻痺させる精神汚濁の霧であるから。これは野槌から形成した毒である。


 (斬撃を放って毒でお前を殺す。斬撃は回避されてもいい。飛び散った毒がお前に付着すればお前は即死だ。ツチノコの猛毒を舐めるなよ。毒蛇の真髄を見せてやる)


 「死ね……」


 小声で言った。奴に聞こえないように。この毒を受けて死なないのは、野槌の使い手であり、身体に毒の免疫を持っている土御門カヤノだけだ。彼女は慎重に計算していた、この一撃を躱されればもう二度とチャンスは訪れない。もし奴が苦しみ出せば、一瞬で結界を張り巡らせて逃げられなくする。奴が死ぬまでそこから出さない。仲間の助けも受けられない。


 (私の勝ちだ。安倍晴明の子孫め!!)


 小さく空を切るように、天羽々斬から斬撃を飛ばした。上手く相良十次の背中に当たるようにである。方向は正しい、作戦は成功だ。このまま邪魔立てが入らなければ、奴は必ず死ぬ。土御門カヤノの胸の昂ぶりは最頂点に達した。


 そして………………。


 土御門カヤノは走馬灯のような感覚に陥っていた。人間は死ぬ一瞬前には、時間の流れがゆっくりしたスローに感じるらしい。まさか暗殺する側の彼女が、その感覚に入り込んだのである。斬撃が物凄くゆっくりとしたスピードで進んでいく。


 (あぁ、これが世直しってことなのね)


 彼女は自分1人の世界に入り込んで、勝手に悦に入って、都合よく殺せた気になっていた。絶頂のあまりに顔が喜びで歪んでいた。今までのつまらない二千年が一気に吹っ飛ぶように。

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