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汚濁

 絶花が目の前にいる。その姿は大きく変わっていた。血だらけ、水浸し、目は萎んでいて、全身から歪んだ妖力が流れている。背骨が大きく曲がっていて、まるで悪霊のようだ。腰には巨大な刀をさしている。手はポケットに入れている。


 「どうしたの、その姿……」


 「はぁ?」


 「いや、かなり着心地が悪そうだから。どうしてそんな服を着ているの? そもそも、今までそこに行っていたの? かなり苦しそうだけど大丈夫?」


 「はぁ」


 返事をしない。下を向いたまま、コッチを見ようともしない。何がしたいのか分からない。


 「どちら様でございやすか……」


 「倉掛百花の弟の倉掛絶花だにゃ。あの土御門に拉致されていて、捜索している途中だったにゃあ。おそらく八岐大蛇の狂気を受けてしまっているにゃあ」


 「拉致? 五芒星がどうしてそんな事を……」


 「待って。じゃあアイツが土御門が推薦しようとしていた党首候補? 冗談じゃないわよ。アイツ、完全に気が狂っているじゃない」


 反論出来ないのだが、姉としては弟が気が狂っていると言われると気分が悪い。きっと八岐大蛇の精神汚濁に毒されて、こういう形になってしまっただけなのだ。我が強い絶花がそう簡単に狂気に負けるはずがない。きっと、正気を取り戻してくれるはずだ。


 理事長が倉掛百花の肩を掴んで真剣な声で行った。

 

 「君は逃げてくれ。願わくば八岐大蛇は君にお願いしたい。悲しいかな、我々人間の力ではあの神々の怪物には対抗できない。君のレベル4としてのパワーくらいしか、アイツを倒せると思えない。それと、倉掛絶花の目的は君を殺す事だ」


 倉掛百花の心が凍りつく。殺す? どうして? 今まで私を救おうと思っているはずだった絶花が?


 「その気持ちは分かるが、逆転の発想をすると『兄弟だからこそ、自分が殺さねばならない』。そういう責任の感じ方をしているのではないかな。若い陰陽師が陥りがちな間違った英雄思想だ。とにかく誰が何を言っても弟君には響かない。逃げてくれ」


 慌てているように見えたが、言っている事は冷静な判断だった。絶花はともかく八岐大蛇を倒せる可能性があるとすれば、倉掛百花のみである。ここで倉掛絶花を正気に戻す暇があるのならば、八岐大蛇を倒しに行った方がいい。


 「絶花……」


 だが人間はいつも理屈では動かない。倉掛百花が動けなくなっていた。あまりに様変わりした絶花を見て、居た堪れない気持ちなのだ。自分が原因でこうなったと思うと、心が痛い。悪霊である私の存在がここまで絶花を苦しめていたなんて。


 ここで公算が生まれる。竜宮真名子の悪鬼羅刹強襲之構フィーリングアサルトゲイザーの逆発生である。心を落ち着けて、怒りを和らげ、苦しみを消し去り、心の安心感を与える。あの技を使えば倉掛絶花を救えるのではないか。感情を鎮める効果のあるあの能力を使えば、正気に戻せるのではないか。


 「腰に入れているのは、間違いなく天叢雲剣。八岐大蛇から引っこ抜いてきやしたね」


 「あの狂気も八岐大蛇の影響よね」


 「アッチの土御門も八岐大蛇に狂わされたにゃあ」


 メンバーはかなり消耗している人間が多い。今の段階で誰とも戦っていないのは理事長くらいな物だ。妖力は確実に枯渇している。食い止めようにも全員が苦しい状況だ。


 「『野槌』!! 『のっぺらぼう』」


 と、ここで土御門カヤノが意味不明な行動を始める。意味もなく自分の式神を御札から召喚したのだ。全員が虚ろな目の絶花に集中していたので、慌てて振り返る状態になる。同じ精神が狂っていても、土御門カヤノは饒舌で、絶花は無口だ。


 「小声で話すから聞き取れませんでしたけど、何となく言いたいことは伝わりましたよ。ここから悪霊を逃がす気でしょう。皆さん、どうして陰陽師ならば悪霊を袋叩きにしないんです? 我々の宿敵が目の前にいるのですよ?」


 一瞬でその場に結界を張ってしまう。この場の全員を逃がさない為だ。地形に準ずる能力が多いのが土属性の特徴だ。五芒星の中でも結界術に長けているのが土御門カヤノである。その腕を見込まれて今まで党首のお側で暗躍していたのだから。絵之木ピアノの探知を弾いたのも、彼女が結界術の達人だからである。


 「気が狂っている割に、技は的確だにゃあ」


 「ふふふふふ。誰も逃がしませんよ。皆で悪霊を殺しましょうね」


 奴らの目的は世界を救う事だったのだろう。レベル4の悪霊という未知の強敵を前にして、彼らは伝説の剣で対抗する事を決意した。こうして天叢雲剣を持って、柵野眼を倒す算段だったのである。唯一の誤算は精神汚濁の能力を八岐大蛇が持っていたこと。こうして彼らは目的を見据えつつも、マトモな精神ではなくなった。


 「絶花。聞こえる? お姉ちゃんだよ」


 「…………うん」


 ようやくそれらしい返事が返ってきた。空虚な感覚を漂わせ、沈黙を保ちながら、ただぼーっと下を向いている。悪霊になったばかりの柵野眼のようだ。瓜二つである、まるで過去の自分を見ているようで、気分が悪い。


 「お姉ちゃん。まだ成仏できない。弟がこんな状態でまだ死ねる物ですか」

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