高級
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私の弟が家にやってきて三日が経った。私のイライラの発散方法は、とある人物へとロックオンされている。
「おい、弟」
「倉掛絶花と呼んでよ。名前があるからさ」
そんな弟の意見など聞き入れる精神状況ではなかった。私の家が徐々に侵略されているのだ。このバカっぽい弟に。
「これはなんだ」
「そんな……お姉ちゃん。冷蔵庫に決まっているでしょ」
高校一年生の私が冷蔵庫の名称を質問すると思うのか、私が電気代を惜しんでまでも扉を半開きにしている意味を察すべきだ。
「私が買い物をして帰ってきたら……冷蔵庫の全ての面積にプリンが埋まっているのだが? これはいったいどういうことだ」
プリンだけではない。冷凍庫には甘党しか食べられない事に定評があるアイスが数種類。野菜室には何故か野菜ジュースが。そして……値段がいくつ張ったのか想像もしたくもない超高級メロンが。
「これは……私は怒ってもいいよねぇ?」
「お姉ちゃん。いい仕事をするには、いいコンディションが必要なんだよ。今日は俺の仕事の活動再開日なんだ。今度、纏まった金が入ったら家にも入れるから」
「家計費からこのメロン買ったの!?」
「小遣いなんて片っ端からお菓子に使うのに、俺が所持金なんて持っているはずがないじゃん。お父さんから『お買い物』のお金として頂戴された分だよ」
それがこんな食事にならない嗜好品に消えたのか。確かに、嗜好品を買うことが悪行だとは思わない。しかし、ある程度は限度というものがある。我が家の収入は無限ではないのだ。
「買い物は私が担当だから。気にしなくていいの」
「それは俺とお母さんがいない場合の配分だろ」
……それは、私がお前とお母さんが増えた事により、家事の配分を切り替えるという、そういう要求なのだろうか。どうして私がそんなお前たちに譲歩してやる道理がある。
「五日後から中学校が始まる。それまでにこの案件を片付ける」
「あんた……えっと、陰陽師だっけ?」
「そうだよ。市民の平和を悪霊から守る戦士の名前さ。新しい頭領様から地方の柔軟な陰陽師に、仕事依頼が殺到しているんだ。国からの支援金がなくなるわけじゃなかったってこと。もしかしたら、今までよりも儲けられるかも」
……知ったことか。そう思った。確かに弟の有り得ない栄養価の偏った買い物には腹が立つが、お金が問題ではないのだ。今まで通りの私の生活が崩れる事が許せないのだ。
「もう勝手にしてよ。でも私の生活に、その……陰陽師の仕事の影響が出たら許さないから」
私は目線を合わせないようにしている弟に指を刺した。面倒だという顔をしている。これは……反抗しているのだろうか。確かに中学二年生なんて反抗期真っ盛りの時期である。だが、そんな弟のことなど気にかける余裕はない。私だって私の生活がある。
「お姉ちゃん。俺は陰陽師だ、妖怪を使役して生きている人間なんだ。お姉ちゃんにも絶対に影響を出さないっていう保証はできないよ」
……妖怪? また知らない単語がでてきたぞ。そんな想像上の生物が現実にいてたまるか。百歩譲って陰陽師という仕事があったとする、しかしそれはお寺のお坊さんのように、お祓いをする仕事程度に思っていた。それが……どうして妖怪?
「まさかこの家にも妖怪がいるの?」
「もちろん。今は俺の式神契約した妖怪しかいないけど」
式神……それっぽい単語をまた使って。おい、ちょっと待て。これって私が一番に警戒していたパターンではないか? 私の家が部外者に侵食されている。
「ちょっと追い返してよ」
「大丈夫、お父さんにはバレないようにするから。付喪神の種類だから問題ないって」
付喪神……確か物を人間が百年とか千年とか、長い期間で時間を費やし物を愛用すると、その物にも魂が宿る……という物だろうか。奴が来てからこの家に引っ越しをしてきて、奴らの私物をよく観察していたが、そんなに奇妙な物はなかったと思うのだが。
「きっとお姉ちゃんの事も死ぬ気で守ってくれるよ」
「いや、だから追い返せって」
これ以上の討論は無駄だと判断した。溜め息混じりに調理場まで移動すると、時間を確認する。もう七時か……そろそろ料理の用意をすべきだろうか。これ以上の弟と話し合いをして、私に優位な状況になるとは思えない。家に妖怪がいるのは不服だが、無害ならそれでいいのだ。
「あんたの分以外の料理を作るから。二階で明日の仕事の準備でもしていたら」
「じゃあ明日の仕事を有意義に進める為に、現役高校生のお姉ちゃんに質問なのだけど」
私が隙を見せた瞬間に冷蔵庫にプリンが奴の口に運ばれている。既に二つくらい空になっているのだが、まさか瞬間的に食べたのか。
「結婚って興味ある?」
…………あれ? 真面目に弟に人生相談されている?
「それが明日の陰陽師の仕事に関係するの?」
「あぁ。もの凄く関係する、俺の明日行く仕事場所は結婚式だから」
……なにそれ? 結婚式場に悪霊が忍び込んだから、問題が発生しないように撃退するって事だろうか。でも、それなら私にあんな質問する理由が分からない。
「……お姉ちゃん。死後婚って知っている?」