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神器

倉掛絶花は変わった。今までの嫌われ者で、口達者で、自己中心的で、我が儘で、それでも孤独な自分を愛していた。その自尊感情が崩壊して、今になって自分の置かれている状況に気がついた。陰陽師という組織が崩壊した事で、彼もまた精神が崩壊したのだ。


 姉がやってきて愛を知った。姉がいなくなって孤独を感じた。姉が悪霊になって心が悲しみに染まった。八岐大蛇に勝てなくて絶望を味わった。自分だけの世界で生きていた蛙が、井戸の外へ出てしまったのだ。大海を知ってしまった。自分がただの卑怯者であったと気がついた。

 

 正論を持つのは素晴らしい。正義を持つのも素晴らしい。集団の思想心理に従わないのも素晴らしい。常に勝ち続けるのも素晴らしい。自分は嫌われているだけのダークヒーローだと思っていた。結論、倉掛絶花は……嫌われ者なだけだった。


 ここまでの絶望を味わってなお、人間は変われない生き物である。間違っていた事を反省して悔い改めるなんて、悟りを開くほど難しいことだ。この現代社会にそんな大掛かりな人格否定が出来る人間がどこにいよう。これまでの絶花の全てが消え去るのだ。それに精神が耐えられるはずがない。人間は何度だってやり直せるなんて綺麗事だ。


 逃げ回ることも、引き返す事も、生まれ変わる事も、幸せになることも閉ざされた。最凶の悪霊と化した姉を背負って倉掛絶花は生きていかないといけない。それに倉掛絶花は耐えられなかった。


 「兄弟揃って狂いやがって……。おい、倉掛絶花。聞いてくれ。もうお前のお姉ちゃんを殺す必要はないんだ。急急如律令きゅうきゅうにょりつりょうはとっくに取り消している。もう戦う必要はない。だいたい、お前は自宅謹慎だろう。まだ休んでいていいんだ。後の処理はコッチでやるから」


 相良十次の必死の声掛けも、倉掛絶花には届かない。このままでは、倉掛絶花と倉掛百花が正面衝突する事になる。互いが互いに規格外の怪物だ。空間を引き裂きあらゆる振動を使いこなす最凶の悪霊と、日本古来最高の妖刀を使う頭のネジが取れた陰陽師。こんな奴らが争ったら、被害は甚大では済まない。


 「……お姉ちゃん」


 倉掛絶花がまた少しずつ歩き出した。虚ろな目をしながら、少し前かがみになって、苦しそうに。緑画高校の生徒たちは唖然とした顔で、倉掛絶花が通り過ぎるのを見守る。自分たちを横切って歩んでいくその少年に、何も声をかける事が出来なかった。


 出番がなくなった。『おどろおどろ』や『わいら』の死体を見て、緑画高校の生徒共々がまた声を失う。自分たちはこれでも高校生ながらに、命をなげうつ覚悟でこの戦いに臨んでいたはずだ。その最大決戦の場で誰とも知らない年下に全てを滅茶苦茶にされたのである。命拾いした、怪我をせずに済んだ。喜ぶべき事なのだろうが、どうしても罪悪感と不甲斐なさが心に残る。


 「このままじゃ、倉掛絶花君だっけ? 自暴自棄は構わないけどさ。あの子、確実に死ぬよ」


 「あぁ、そうだな」


 天叢雲剣あめのむらくものつるぎはフィクション作品で取り上げられるように、伝説の剣という肩書きでは語弊がある。本質は妖刀だ。それを生産したのが妖怪なのだから。この剣の力を求めてあらゆる人間が命を落とした。人間だけではない。神々や天皇までも殺している。この日本という国が創られた時に天照大神から献上された三種の神器の一つなのだから。


 「神の力を持つ剣。それを人間が使ったら……」


 「精神が真面に維持出来るはずがない。そこまでして姉を殺そうとしているのか」


 確かに柵野眼を倒すには、命を捨てる覚悟は必要だろう。これでも勝てるかどうか曖昧だ。神々のパワーと、レベル4の悪霊。この二人が戦い合う未来など想像もしたくない。


 「どうすればいいんだ……俺は……」


 相良十次は悩んだ。自分が取るべき行動が分からなくなった。このまま2人が共倒れになるのを待つのか。それでは党首任命は果たせない。じゃあ止めに入るべきか。だが、あの刀に切りかかられたら死なない自信がない。絶花はもう正気ではないのだ。なるべく倉掛絶花も助けてあげたい。だが、もうあの剣を手にしてしまった以上は手遅れかもしれない。もうどう頑張っても助からない命かもしれない。


 だが、悩みの種はここで尽きないのである。


 「党首代理、大変です!!」


 慌てて駆けつけた緑画高校の生徒が、汗だくで訴える。まるでここまで走ってきたようだ。この場におらず、今に起こった出来事は知らないだろうに、それでも顔は絶望に歪んでいる。虚ろな目の状態の倉掛絶花以外は全員が大きく振り向いた。


 「今度はなんだ!!」


 相良十次もソッチを見て、大声で返事をする。嫌な汗が噴き出し、既に心は摩耗しているが、それでも唇を噛み締めながら話を聞く体制になった。


 「霊界の日本本土で、妖怪『八岐大蛇』が暴れています!!」


 ★


 「土御門くん……君はまさか……あの怪物を蘇らせたのか……」


 ここまで話し合いに参加していなかった男がいる。こんな重要案件、邪魔を入れずにはいられない性格であろう理事長が、ここまで静かだった。それには理由がある。部下からの通信を受けていたのだ。その内容は到底信じがたい物だった。


 「八岐大蛇が…………復活した」

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