無残
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乱入者が現れた。
その少年は虚ろな目をしていた。まるで取り返しのつかない罪を犯したような、絶望とも違う空虚な顔をしている。覚悟を決めた顔でも、苦しみに抗う顔でもなく、何かに耐え忍ぶ顔でもない。ただ、気配を消すかのように、虚ろなる姿をしていた。
「倉掛絶花……」
「あぁ? 誰じゃお前」
絶花は返事をしない。ただ真っ直ぐにぬらりひょんの方を見て、そのまま行動を起こさない。
事は突然だった。その少年はまるで空間の裂け目から這い出るように姿を現した。緑画高校と妖怪連合が今から殺し合うという寸前である。相良十次が意を決して鎖鎌を構えて、その後ろに鶴見牡丹を含む緑画高校の生徒一同が思い思いの妖怪を現して、まさに全面戦争勃発である。その間に割って入るかのように馳せ参じたのだ。
「加勢に来てくれたのか」
人間の脳は自分に都合の良いように、情報を受け取る。相良十次は元の絶花との関係が良好な事から、出てきた瞬間は頼もしい味方が増えたと喜んだ。だが、すぐに気持ちを切り替える。そうではない、と。この男は誰の味方でもないと。
「誰じゃと聞いている」
ぬらりひょんは特に取り乱す事もなく、絶花の方を睨みつけている。ぬらりひょんは全身から狂気の満ちた妖力を発して、その妖怪そのものの強大さを表している。人間を喰らい悪鬼となり、全身から歪んだ妖力を撒き散らしている。でも、たぶん絶花はそんな事を理由に見ていない。
「なにか喋れよ。どうしたんだ、倉掛絶花。血だらけだし、水浸しだし、体調悪そうじゃないか。何処かで戦っていたのか? どうして何も話してくれないんだよ」
倉掛絶花は答えない。
「自殺志願者か。まあいい。では貴様から殺してやろうか」
ぬらりひょんの周囲には操られている陰陽師がいる。その陰陽師たちが待っていたとばかりに御札から妖怪を出現させた。妖怪『おどろおどろ』。鬼の顔に巨大な犬歯、長い髪におおわれ、顔に前髪をたらした姿である。特徴的なのは顔しか存在せず胴体がないことだ。妖怪『わいら』。巨大な牛のような体に、前足には太く鋭いカギ爪を1本ずつ生えた妖怪。特徴は牛の上半身だけの姿であり、コイツも全身がない。
この二匹が立ち並ぶ。先ほどの開門海峡を襲撃した四匹よりかは大きさで劣るが、それでも人間の身長など優に超す巨大な妖怪である。
「戦力ならいくらでもある。キサマらを殺す準備など整っている」
ぬらりひょんは自信満々である。人数では劣っているのに、負ける気がしないのだ。人間を喰らい悪鬼となって、狂気を溜め込んだ連中の強化を絶対的に信頼しているのだろう。
「その阿呆面の餓鬼を殺せ!!」
大群が絶花に押し寄せる。絶花は全く動こうとしない。そして……その妖怪の大群は一撃で真っ二つになった。おどろおどろ、わいら、共に胴体を横から切断されて、次の瞬間に妖力の塊になって消えてしまう。絶花は瞬間的に御札から剣を取り出していたのだ。
天叢雲剣。
「あれは……草薙剣か? なんであの刀をアイツが?」
「熱田神宮の神体を奪ったのか!?」
緑画高校の面々から凄まじい声があがる。相良十次も極めて驚いていた。あの刀は持ち出して良い代物じゃない。あまりの危険性に封印された呪われし剣だ。巷では妖刀なんて言葉がある。陰陽師の世界でも名高い妖刀は山ほどあるが、あの剣だけはそんな言葉では収まらない。厄災を呼び込む剣、使用者に絶大的なパワーを生み出すと共に、使用者を必ず絶命させる剣。
例え、相手が『神様』であろうとも。ましてただの人間が持つなど考えられない。
「倉掛絶花。お前、一体なにを……」
震える相良十次の声を絶花は聞いていなかった。ただゆっくりと着実にぬらりひょんの方向へと歩き進む。目を虚ろわせながら、刀を小さい円を描くように振り回しながら。
「それがどうした!? 肉壁ならいくらでもある。お前なんぞに……」
と、言い終わる前に切られた。まるで瞬間移動でもしたかのように、ぬらりひょんの間合いに一瞬で入り込んで、容赦なく横から切る。切れ目が綺麗に別れ、ぬらりひょんは悲鳴をあげる事もなく、声を出す事もなく、痛みに苦しむ暇もなく、ただただ無残に切り刻まれた。
「え……。人間を食べてパワーアップの話はどこへ行ったの? あんなに簡単に殺せるなんて」
「鶴見牡丹。ぬらりひょんは決して弱い妖怪じゃない。腐っても妖怪の中の総大将だ。だから、それを上回るくらい、あの倉掛絶花が超越している……」
どうやってあの力を手に入れたのか分からない。どうしてこんな真似をするのかも分からない。それでも、ハッキリしている点が1つだけある。倉掛絶花の最終目的だ。
まだ認識していなかったであろう『ぬらりひょん』を倒す為に、あんな剣を手に入れたとは思えない。では、誰を倒す為にあんな自分の命を擲つような用意をしたのだろうか。その導き出される答えは1つしかない。
「倉掛絶花の奴……自分の姉を殺す気だ……」
昨日は更新しなくてごめんなさい




