幽霊
「私は成仏すべきなのか……」
考えたって結論なんか出ない。この状態になった時点で、状況は最悪であり、選択肢など生きるか死ぬかの二択であり、もう相談とか思考の援助とか、そんな物を聞くだけ気分が悪くなるだけだと思う。これはただ、身に起こった絶望を愚痴のように吐くだけになるだろう。
「私は父親に殺された。私は死んだ。同時に竜宮真名子も死んだけど、彼女は消えるべきじゃない。私と違って彼女は純粋な被害者であり、無関係者だ。五芒星の党首任命の件も合わせて、彼女はこのまま消えるのは許されない。これで死ぬべきは私だ」
その場には緑画高校理事長の渡島塔吾、五芒星の矢継早続期、因幡辺、白神棗。そして、緑画高校の生徒である夜回茶道と絵之木ピアノがいた。開門海峡の橋の上で真っ黒の空をぼんやりと眺める。途方もなく、暗雲しかない夜空を。
その場にいた全員が気まずい顔をしていた。苦しそうに、悩むように、それでも答えは決まっているように。倉掛百花は故人だ、この世に生きていてはならない、もうあの世に向かわなければならない幽霊である。竜宮真名子の身体に入り込んでいるだけなのだ。この身体は竜宮真名子の物なのだから。
「こんな救いのない話はないにゃあ」
「いいや。少しだけでも長く人生を楽しめた。私は……死者の中では優遇されていた方だよ。例え悪霊でも、少しだけ長く生きる事が出来た。私の心の中に怨念もない。このまま……消える事が出来る」
本来ならば竜宮真名子とこの身体の所有権を奪い合うタイミングなのだろう。だが、そんな気持ちは遠の昔に消え去っていた。生きる希望とか素晴らしさとか、そんな気持ちを抱いてはいない。
「最後に気がかりなのは、私の弟、倉掛絶花。アイツが帰って来ないから。父親は違うかもしれない、でも本当にあの子とは血を分け合った兄弟だった。だから、彼のお父さんを殺してしまった事を謝りたい。お別れが出来たら……私はこの世界から消える」
…………最凶の陰陽師など、この世界に生きていてはいけないのだ。ここまで世界が崩壊して、一般人まで犠牲者が大量に出て、こんな混沌とした時代に、私のような生き物が存在してはいけない。
(百花……。私は……)
「いいんだよ、竜宮真名子。お前と私は『友達』だった。貴方は私の為に死んでくれた。だから、今度は私が貴方の為に死ぬ番なんだ。本当の友達って関係にはなれていないと思うけど、こんな薄っぺらい友情でも、私はこの絆を大切にしたい」
涙がこぼれた。今までの人生を振り返って。たいして人よりも幸せではなかったと思う。普通の女の子が味わうような幸せは、得られなかったと思う。きっと、不幸せ人間だ。でも、それを他人のせいにして死ぬような真似はしたくない。
父親がどうとか、母親がどうとか、陰陽師がどうとか、そんな細かい柵を抜きにして、『それでも自分の人生は幸せだった』と思いたい。例えそれが、ただの自己犠牲でも自己満足でも、それでいい。
「私は貴方を恨みたくない。竜宮真名子、貴方を恨んで死にたくない。最後まで私に人間にさせて。このまま気持ちの悪い化け物じゃない、可愛いままの人間でいさせて……」
死ぬ事は怖い。でも、そんな恐怖よりも自分が怪物になる方が怖い。
そんな一大決心をして自殺を覚悟した。その矢先に招かれざる客がやって来るのである。この中で一番に身長の高い渡島塔吾が一番に気がついた。遅れて他の面々もやって来た人間に顔を向ける。五芒星が早かった。その妖力により相手と同調して、お互いがお互いを五芒星だと分かるから。
「土属性の五芒星の巫女……」
白神棗が声を漏らす。残りの連中もハッとしたような顔になり、乱入者の顔をまじまじと見る。その女は、真っ黒のライダースーツ、体のラインがハッキリと分かる。顔には防護用の黒いヘルメットを被り、手にも黒い手袋。髪の色はオレンジでパーマミディアム。
「自己紹介します。土御門カヤノ。遅れました……」
「遅いにゃあ。もうここの駆除は終わったにゃあ」
「でもこれで、五芒星が5人揃った事になりやすね」
本当ならば馳せ参じてくれた彼女を温かく迎え入れるべきなのだろう。だが、因幡辺と白神棗を除いたメンバーは、嫌そうな顔をしている。いかにも警戒態勢という感じだ。
「うっ」
身体の中の意識が揺れた。五芒星の妖力が一箇所に集まった事により、竜宮真名子の復活が高まったのである。一瞬だけ意識が交換されて、主導権が竜宮真名子の意識に移った。橋の錆びた手摺に手をついた倉掛百花の身体を矢継林続期が支える。
「悪霊だ……。私も殺される映像を見ていたけど……ビックリだねぇ」
「おい!! 土御門カヤノだったか? もしかしてお前、倉掛絶花という少年を拉致しているのではないか!!」
その場にいた絵之木ピアノが叫ぶ。そうだ、その話がまだ解決していない。倉掛百花の弟である倉掛絶花は誘拐されている。行き先も言わず家を出たまま帰って来ず、探知能力で全国のどこを探しても見つからず、妖力探知を結界で防御している。そんな真似を出来るのは……五芒星であるコイツしかいない。
「さぁ、5人で任命式でもしましょうか。新しい党首様のね……」




