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気侭

 相良十次は安倍晴明の血筋を受け継ぐ男である。しかし、今のこの陰陽師の世界が混乱しているように、殆どに人間から党首と思って貰えていない。分家の分家のそのまた分家である事や、本人に人望がないことから五芒星にすらその存在を認めて貰えていないのだ。


 「貴様、安倍晴明の血筋か。なら貴様は確実に殺しておかなくては。我々の有害因子よ」


 「お前、何がしたいんだ。どうして戦争なんかしたがる。お前たちに何のメリットがある。一般人を殺して、半分悪霊と同じ存在になって、そこまでして得たい物ってなんだよ」


 「支配だ」


 頭の大きい爺さんは悪びれる姿もなく、自信満々に、少しにやけながら、そんな言葉を口にした。その場にいた緑画高校の生徒たちは全員で『このお爺さん、馬鹿じゃねーの!?』って、驚愕の顔をうかべる。相良十次もこの言葉は理解不能だった。


 妖怪は迫害されている。今まで陰陽師の奴隷として、式神と名前を変えて悪霊退治に利用されてきたのだ。今までの在り方を転換すべく、友情だの愛情だのを武器にしようと語っているのが、緑画高校の理事長である渡島塔吾である。だから、緑画高校の面々は、妖怪を奴隷になどしてはいけない、という考え方が染み付いている。


 だからといって、これは理解不能だった。過去の陰陽師ならば激昂して怒り狂っただろう。妖怪が人間を支配するなど、今までの陰陽師と妖怪の関係を逆転させるなど、そんな事が成立するはずがない。だが、確かに『ぬらりひょん』の背後にいる陰陽師たちが洗脳で精神を支配されている所を見ると、その構図になってしまっているかもしれない。


 「はぁ、そんな無茶苦茶な事を考えているのか。人間を食い物とか、ペットとか、玩具にしたいって事か? 爺さん、アンタの老後の暇潰しに付き合うのはウンザリだ。これ以上、俺たちを馬鹿にするのはやめてくれ」


 「どうして不可能と決め付ける。我々は人間以上の身体能力もあり、人間には不可能な妖術が使え、知能は人間を遥かに上回り、貴様らなど造作もなく殺して回れるのだぞ」


 「総大将さん。それは違うよ。身体能力とか、特殊能力とか、知的能力とか、そんな事を自慢している時点で、少なくともアンタには不可能だ。お前たちと俺たちとでは決定的に違う部分がある」


 爺さんがようやく顔を歪ませた。怒りを顕にして、眉間にシワを寄せて、持っていた杖を握りしめて、地面にめり込ませる。攻撃に移るかと思い、迎撃体制を取ったが、数秒でぬらりひょんは冷静さを取り戻した。


 「なんだ、決定的な差とか」


 「『怨念』だよ」


 悪霊は時代によって姿形を変えている。元の平安時代では悪霊は妖怪と同じような姿をしていた。悪しき妖怪の事を悪鬼と呼び、それ以上の妖力を含む者を悪霊と呼んだ。しかし、悪霊は現代になって姿を変えたのである。非力で無力で弱々しい人間の姿に。


 「悪霊のレベルの差は『感情』の度合いだと言われている。だから、悪霊は進化する度に心を手に入れてきた。溢れる妖力を感情で圧縮して、そのエネルギーを変幻自在に操った」


 怒りとは撒き散らす物ではない。怒りとは誰かに押し付ける物なのだ。大型化して暴れまわるよりも、人型化して巧妙に立ち回るようになったのである。


 「最初から、筋力も腕力も脚力もあって、人間よりも遥かに賢くて、様々な能力を持っている。社会を持たず、家族を持たず、目的を持たず、競争を持たず、使命を持たず、ストレスを持たず、憎しみを持たず、ただ気侭に生活している。そんな連中が絶望の相転移が発生するはずがない」


 人間を平気で殺せる。裏を返せばそれが『弱さ』だ。後ろめたく、躊躇い、悩み苦しみ、感情に任せて、憎しみを持って殺す。その方が感情に揺れが生じている。


 「妖力が増す法則は人間の感情だ。お前たちはその持てるポテンシャルの高さによって、深い感情を持てないんだよ。弱いから、強くなろうと思う。苦しいから楽な奴を恨む。そうやって、人間は強くなるのさ。良い意味でも悪い意味でも」


 『ぬらりひょん』は声を出さなくなった。俯いて黙り込んでしまい、杖で掘り返した穴をジィーっと眺めている。納得はせずとも、反論できないという感じだろうか。何にせよ、人間を支配するなんて恐ろしい事を諦めてくれたならそれでいい。


 「爺さん。分かったら、封印されてくれ。一度、人間を殺した妖怪を釈放するわけにはいかない。爺さんは強い妖怪だから、何千年後の復活になるか分からないけど、悪いが悪鬼に変貌される訳にはいかないんだ」


 歩み寄ろうと相良十次がゆっくりと近づいていく。封印用の御札を持って、真剣な顔つきで砂場に足跡をつけながら。その肩を鶴見牡丹に引き止められる。振り返ると険しい顔の彼女がいた。そして、首を小さく横に振る。苦しそうな顔をして。


 「あのお爺さん。たぶんまだ納得していない」


 「えぇ?」


 ぬらりひょんの方を振り返ると、爺さんの様子が大きく変貌していた。大きさこそ変わらないが、ドス黒い妖力を纏い、身体のシワも増えていく。しかし、決して地面に倒れ込む事はなく、ただ骨と皮になって砂の上に静止している。


 「我々の感情が薄いだと? 怨念が無いだと。1000年近くも奴隷として生きてきて、我々が恨んでいないとでも思ったか!!!」


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